BITTER


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 結論を言うと、俺はやはりできなかった。
 店を出た後、俺は中山さんを自分が泊まっているホテルへ案内した。道中、現在同棲していること、喧嘩をして完全に別れるつもりでアパートを出てきたことを話した。
「でも申し訳ないんだけど、俺は女性にそうした関心を持てたことが一度もないんだ。だからきっと中山さんを失望させることになるんじゃないかと思うんだけど」
 中山さんは「それでもいい」と言った。
「夫婦でも、セックスレスで子どもを作らないで生活してる人はいるもの。私は佐倉君と一緒にいられるなら、それでも構わないわ。佐倉君さえ望んでくれるなら」
 俺は自分がそこまで思い込んでもらえるほどの人間じゃないことをよく判っているが、だからこそそんな一途な言葉が嬉しかった。
 試してみて、やはり結果が予想と違わなくても、中山さんとだったら友達以上の関係としてやっていかれるような気がした。それが中山さんにとってどれだけ辛いことなのかは、まだ俺には考えられなかった。
 実際に肌を重ねてみて、柔らかな細い躰は触れていて気持ちは良かった。だが予想通り、俺自身は何も反応を示すことができなかった。
 俺が彼女を欲することが全くできないと判ると、彼女は微苦笑を浮かべて服を身につけた。
「無理させてごめんね」
 中山さんに謝られて、俺は慌てた。
「そんなの中山さんが謝るようなことじゃないよ。俺が変なんだ、こんな可愛い女の子前にして、さ」
 俺は情けないのと申し訳ないのとで、自嘲ぎみの笑みしか浮かべることが出来なかった。
 一人で帰れると言う彼女を、俺は送らなかった。
「私、まだ完全に諦めたわけじゃないから」
 明るい顔で言われて驚いた。
「初めにも言ったけど、セックスができなくても一緒にいることはできるもの。もし佐倉君がそれを望んでくれるんだったら、だけど。その可能性がなくなるまでは、まだ片思いしててもいいかな?」
 はっきり拒絶しないのは狡いのかも知れない。でも俺は、そんな彼女の健気な気持ちが嬉しかった。
 だから俺はうなずいた。
「明日会社で会っても、いつも通りでいてね」
 そうして彼女は帰っていった。



 翌火曜日は、唐突に春が訪れたかのように暖かくなった。冬のスーツでは汗ばむほどで、俺は少々バテてしまった。
 中山さんとはいつも通りに接することができた。とはいうものの、元々それほど親しかったわけではないし、個人的に話をするような間柄でもなかったのだが。
 夕方は仕事が早めに終わり、定時よりやや早く会社を後にした。空いた時間に何をするでもない俺は、特にそれを喜ぶでもなく何となく今日は何を食べようかなどと考えながら歩いていた。
 しかし夕飯にするにも半端な時間だ。強いて言うなら、買い物がゆっくりできるのが良いかも知れない。汗を吸ったスーツの替えが欲しいと思ったが、アパートを変えることを考えるとスーツまで買う余裕はない。
(着替えを取りに、ちょっと戻ろうかな)
 ホテルへ向かっていた足をハタと止める。
 哲矢と鉢合わせる危険はあったが、こっそりアパートへ寄ってもっとちゃんと荷物を取ってきたほうが良いかもしれない。新しい住まいを決めるにしろ、すぐに入居できる訳でもないだろうし、引っ越しに当たって哲矢ともめないとも限らない。
 運べるときに少しでも荷物を運び出しておいた方が、後々スムーズにいくだろう。
 そうと決めたら、俺はくるりと方向転換した。曜日にもよるが、哲矢はだいたい昼から夜まではバイトに行っている。この時間なら確実にいないはずだ。
 それでもいざアパートが見えてくると緊張した。本当にいないだろうかとアパートの辺りを見回し、ドアの前で部屋の奥の物音を窺う。静かな室内に安心して、ようやく鍵を取り出した。
 そっとドアを開ける。玄関も兼ねる2畳ばかりのキッチンと、奥に6畳の洋間という、ひどくちっぽけな空間が目に入ってくる。就職してからの約二年間見慣れた室内が、どうしてか無性に懐かしいものに思えて、そんな自分に自嘲した。
 確かにここは俺の部屋だが、哲矢との嫌な思い出の染み込んだ場所だというのに……。
 ドアを閉め、俺は感傷に浸っている場合ではないと急ぎクローゼットに向かった。――が。
「…ッ!!」
 突然伸びてきた腕に手首を掴まれ、硬直した。
 恐る恐る人の気配へ目を向けると、飢えた肉食獣のような物騒な眼差しをした哲矢がそこにいた。
 瞬間、喉が詰まり、躰が硬直した。ドアの死角に息を潜めて、俺が戻ってくるのを待っていたのだ!
(まさか、バイトも行かずにずっと俺が戻ってくるのを見張ってた…!?)
 俺は愕然とした。読みが甘かった。まさか哲矢がそこまでするとは考えてもみなかったのだ。
「アッ!」
 どうしようと迷う間もなく、掴まれた腕を引っ張られ、強引にベッドへと投げ出される。そのまま覆い被さってくるのへ手をばたつかせて抵抗したが、無骨な手に不似合いな器用さでネクタイを引き抜かれ、あっさり両手首を縛られた。
 息も荒く俺に襲いかかり食らい付こうとしている哲矢に、俺は悔しさと憤りで涙目になりながら負け惜しみのように言った。
「そんなにやりたきゃやればいいさ。けど、お前とはこれっきりだ。俺はもう二度とここには戻ってこない」
「そんな必要はない。あんたはずっとここにいればいい」
 哲矢がぞっとするような暗さを秘めた声音で言った。
「もう二度と逃がさない。どう思われようが構わねえ、あんたは一生ここで暮らすんだ――俺の隣で」
 射るように俺を見下ろす双眸は、狂気を孕んでギラついていた。
「ッ……」
 引き剥くようにシャツを引っ張られ、首の後ろが擦れて声にならない悲鳴が漏れた。きっと赤くなっているだろうそこへ哲矢の唇が寄せられ、強く吸われる。その痛みにまた悲鳴が漏れそうになり、咄嗟に歯を食いしばった。
 ここで弱みを見せたら負けだ。意味もなく、そう思った。
 ズボンからシャツを引っぱり出され、汗ばんだ掌が脇から胸元へ這い上ってくる。
 何度もされた行為に、いつにない嫌悪を感じた。
「俺はお前の側になんかいるつもりはない!」
 哲矢との攻防で荒くなった息を必死で継ぎながら、俺は絞り出すように言った。
「ここは今週中にも引き払う。俺は出ていって、お前なんかの好きにはさせない」
「どこにも行かせねえ。もしどこか行っても、必ず見つけ出す。あんたは俺のもんだ」
 哲矢が俺の顎を抑え、激しく口吻けてきた。強引に侵入して来ようとした舌に、俺は思いきり噛みついた。
「…ッ!」
 バシッと間髪置かず殴られる。衝撃で、頭の奥でジンと耳鳴りがした。口腔内のこの味は、哲矢の血なのか俺のなのか…。
「俺はあんたしかいらない。あんたには俺しかいないんだ!」
 傲慢な物言いに、俺の怒りに拍車がかかった。
「俺を好きだって言う人もいる!」
 カッと目を見開いて叫んだ。勢いに圧されてか、哲矢の動きが一瞬止まった。
「……あんたが女なんか抱けるはずないじゃないか」
 間があって、哲矢はそうせせら笑った。
 ちょっと前まで俺もそう思っていた。俺なんかには、きっと一生哲矢くらいしか相手はできないだろうと。だが、そうではないことを知った。俺にも選ぶ自由があったのだ。
 俺はどこか哀しい気持ちで言った。
「俺の性癖を知っても、それでも一緒に生きたいって言ってくれた人がいたんだ。俺もその人のことは好きだ。彼女とだったら、こんな俺でも人並みの幸せを掴めそうな気がするんだ…」
「あんたには無理だよ!」
 見上げた哲矢の顔は、恐れと驚愕で満ちていた。
「結果そうなったとしても構わない。俺はお前より彼女を選びたい。――俺は、彼女のところに行くよ」
 俺自身驚くほど決然とした声だった。
 …ふと、俺をベッドへ縫いつけていた痛いほどの重みが緩んだ。俺は訝りながらも慌てて哲矢の下から逃れ、起き上がると、手首にからまったネクタイをなんとか外した。
 見ると、哲矢は茫然としてあらぬ方へ視線をさまよわせていた。そんなにショックだったのかと驚くのが半分、やはりと思う気持ちが半分だった。
 俺は破けたシャツを別の物に変え、クローゼットを開けて春用のスーツを取り出すと身につけた。
 その時、たまたまそれが目に入った。
 きちんと包装された小さな箱。本当なら先週の木曜に渡すつもりで哲矢の目に付かないようここへ仕舞い、今まですっかり忘れていた。
 一瞬ためらったが、これが最後なのだからと俺はそれを手に取った。
 まだ茫然としている哲矢の前へ立つと、俺はその小さな包みを押し付けるように手渡した。
「持ってても仕方ないから置いていく。捨てるなり好きにしてくれ」
 靴を履き、さよなら……と言い捨てて部屋を出た。
 日の暮れた外気はまだまだ冷たい。ひゅうと吹き込んできた風に首を竦めた、その時。
 ―――バンッ!
 背後で勢いよくドアが開き、驚いて振り返ると必死の形相をした哲矢が立っていた。
(哲矢――!)
 俺は恐怖で足が小さく震え出すのを感じた。
 じりじりと後退り、ぱっと身を翻すとあとはひたすら走った。哲矢が追ってくるというだけで、俺にとっては充分に恐怖だった。
 だが体力では、体格も違い日常的に鍛えている哲矢に適うはずもない。あっという間に追いつかれ、再び捕らえられた。
「ヤッ、離せ! 離せよッ!」
 近所の道端で、人目を気にする余裕もなく必死で抵抗したが、太い腕はびくともしない。
「イヤだーっ!!」
 どうしても逃れられない絶望に、俺はしゃがみ込んで幼児のように丸くなった。
 そんな状況なのに、不思議と「なんで哲矢は片手でしか俺を捕まえないんだろう」という疑問が湧いた。それ以上何もせず何も言いもしない哲矢に、縮こまると同時に固く閉じていた目をうっすら開けてみた。
 目の端に、光る物が映った。
 乱暴に破かれた包装紙に使われた金色の部分が、街灯を反射させていたらしい。それと白い箱とが哲矢の手に握られていた。
 それは今さっき俺が哲矢へ渡した置き土産だった。中身はありがちなハンカチとクッキー。ヴァレンタインの日に貰ったチョコカステラのお返しのつもりで用意していたのだ。
 いかにも通りすがりに買った安価な物だし、哲矢は甘い物はあまり好きじゃないけど、気持ちの問題として欲しがると思ったから……。
「これ、俺にだろ? 俺のためだけに買っておいてくれたんだろ?」
 俺の視線に気づいた哲矢が、必死になって詰問してくる。確かにその通りだったが、今そんなことを口にできるはずがない。俺は強く掴まれて痛む手首を見、非難するように哲矢を睨み、また視線を逸らすとその言葉を無視した。
 ……ポッ。
 俺の頬に、何か湿った温かい物が落ちてきた。驚いて見上げると、哲矢が子どものように顔を歪めて泣いていた。
「俺……俺、別れたくない。俺、遥路がいないとダメだ。遥路がいなくなるなんて考えられない……」
 哲矢が泣く姿を、初めて見た……。
 胸中を、激しい風が通り抜けた気がした。
 ――俺は何故これまで哲矢を疎んじてきたのだろう?
 気づいてしまえば、もうダメだった。自分をごまかすことはできない。
 哲矢の気に入らないところなんて沢山ある。挙げ始めたらキリがない。反して少しでも好きだと思える部分はほんの僅かだ。
 俺とは相容れない哲矢の様々な部分が癇に触っていた。自分本位に俺を扱うところは無論、知識が乏しく話題は合わないし、当然趣味も合わない、機微のない会話、普通の恋人らしいムードを楽しませてくれない……。ほぼ毎日、不快な思いをさせられてきた。
 いつしか哲矢しか知らない自分さえも嫌いになっていった。
 それでも、こんなに俺だけを愛してくれる奴は他にいない。ひたすらに俺を求め、異様なまでに執着する哲矢に、俺は少なからぬ満足を得ていたはずだ。
 そのことは、俺は判りすぎるほど判っていたはずだった。もう何年も一緒にいたのは、結局そんな哲矢といることに喜びを感じていたからではないのか。なのに、どうして俺は今更他の奴に心惹かれたいと願ったのだろう…?
 こんな荒々しい関係でない、穏やかな優しい人間関係を築ける人と過ごしたいとも思った。それこそ、目と目を見交わすだけで心が充たされるような関係。
 でも、俺はもうきっと他の人間ではダメだ。こんなにも俺だけの哲矢と最初に知り合ってしまったのが不運だったのかもしれない。
 そう、本当は判っていた。俺ももう、哲矢以外ではダメなんだ……。
「哲矢」
 俺は空いた手を、俺を掴む哲矢の腕にそっと重ねた。
「泣かなくていい。……帰ろう」
 その言葉に、哲矢が弾かれたように顔を上げた。驚きに満ちた瞳に、俺はぎこちなく笑みを浮かべてみせた。
 今、俺は初めて哲矢を見た気がした。


 部屋に戻り、ベッドに腰掛けさせられる。いつになく慎重な手つきで哲矢が俺のシャツのボタンを一つ一つ外していくのを、俺は不思議なほど鮮明な視界の中で見つめていた。
 開かれた胸元に哲矢が顔を寄せてくる。小さな突起を掠めた舌の感触に、反射的にビクッと震えた。
 舌で濡らされ、甘噛みされ、敏感になったところを指先が撫でるように触れてくる。いつにない丁寧な愛撫に、俺は堪らずくぐもった喘ぎを漏らす。
 放っておかれた片側も、同様に舌と指先とで弄られる。下腹に熱が集中していくのが感じられる。
 哲矢の両手が揉み込むように俺の肌に触れていく。首筋に、耳元に、頬に、哲矢の唇がさまよう。
 否応なしに高ぶっていく自分の物が、押しつけられた哲矢の物と擦れて更に熱を増していく。痛いほどの快感から逃れたくなって身を捩ったが、その動きを抑え込むように更に強く腰を押しつけられた。
「アッ……」
 俺の口からついに小さな嬌声が漏れた。一度箍が外れてしまうと俺はもう声を抑えることができなかった。
 互いに既に我慢できないほど高ぶっている。哲矢はもどかしげに衣服を脱ぎ捨て、俺の物もはぎ取った。
 ベッドへ横たわった俺は、つと手を上げて哲矢の頬を撫でた。先刻泣いたせいでうっすら赤くなっている目が俺を見下ろす。ハンサムではないが、精悍で男らしい顔だ。
 優しく、しかし強い力で抱きしめられ、その背をぎゅっと抱き返した。厚い肩、広い背中。俺を抱きしめる腕は太く、鍛えられた筋肉で覆われている。
 肩口へ顔を伏せたまま、腕をずらしてそっと浅黒い肩から腕の線を辿ってみる。やや荒れ気味の皮膚は熱く、その熱に何とはなしに安堵した。
 哲矢の躰が少し離れ、俺の両腿を掴んで押し広げた。足の間を探られ、また俺の呼吸が荒くなる。
(出会いも最悪、初体験も最悪。その後もずっと最悪続きだと思ってたのにな……)
 されながら、俺の脳裏には今までの出来事が走馬燈のように巡っていた。
 確かに出会いは酷かった。強姦に近い形で躰から関係させられ、強引な手段でつきまとわれ続けた。でも、それを受け入れていたのも俺自身だった。
 俺はいつも、俺自身を知ろうとせず俺の躰にばかり執着する哲矢を軽蔑し、嫌悪していた。だが、そんな俺の非難は果たして正当な抗議だったと言えるのだろうか。
 確かに、何度訴えても聞き入れず自分のやりたいようにする哲矢に、俺はじきに互いの内面を深く知ろうとすることを諦めさせられた。しかしそれは哲矢からしてみれば、愛する者が手の中にいるのに余計な言葉はいらないというだけの話だったのかもしれない。
 哲矢が深く物事を考えない質だというのは、この数年で知り尽くしていた。哲矢はただ、俺がここにいるという事実さえあれば良かったのだ。
 学校やバイト以外の空いた時間、哲矢は常に俺を側に置きたがった。まるで、俺に触れ、俺を抱いていないと息が出来ないかのように。
 そうしたことを、俺は確かに感じていた。俺はただ哲矢の激しすぎる愛に怯えてそれから逃げ出したい気持ちに駆られていただけなのではないか――単に、愛され過ぎることを恐れて。
 哲矢に対する不満は今もある。きっと、これからも消えることはないだろう。
 だが、人と人とはそういうものなのかもしれない。完全に解り合え、総てを愛せるなどというのは、絵空事でしかないのかもしれない……。
「くっ……ア……」
 俺の中を、現実の量感を持った物が押し入ってくる。自分とは違う欲望に充たされ、俺は安堵していた。
 ゆるゆると動き出したそれは、次第に抉るように激しい動きになっていく。
「…ふ……アッ……ハァッ……アアッ……」
 躰の中心に灯った火が、みるみるうちに全身へと広がっていく。
 訳が分からなくなり、必死で汗に濡れた背中に縋る。
「やっ……アアッ……哲矢ッ……」
「……ッ……遥路……」
 濡れたような哲矢の声に、ぞくぞくっと背筋へ電流が走り抜けた。
「うあ…ッ……!」
 喉を背を仰け反らし、俺は瞬く間に達した。
 同時に、俺の中を穿つ物をきつく締め上げる。哲矢が珍しく大きく呻くと、持ち上げるように掴んでいた俺の腿を更に強く握り込んだ。その痛みと同時に、俺の中に熱が放出されるのを感じた。
 折り重なって、荒い息で官能の熱が引いていくのを待った。
(そうだ)
 俺はこんな時だと言うのに唐突にそのことを思い出した。
(ホテルに置いたままの荷物を取りに行かなきゃ。アパートの契約の心配はなくなったけど、携帯はもったいなかったな)
 こんなことをしていても、現実の何かが変わるわけではない。思い悩むことは色々あった。
(そうだ、中山さんに謝らないと。遠藤さんはがっかりするだろうな。感情的になる人じゃないけど、今まで以上にいい関係にはもうなれないかもしれない。遠藤さんには中山さんのことを何て説明したらいいんだろう……)
「遥路」
 名前を呼ばれ、はっとして顔を上げる。俺を真っ直ぐ射抜く、鋭い眼差しと視線が絡まる。
 俺の中に収まっていた物が、鎮まらずにまた中を一杯にしていくのを感じた。
 腰を引かれ、それがズルリと敏感になった内壁を擦る。あ、と思わず鼻に抜けるような声が漏れた。
 ふいに強く腰を突き上げられた。
「アッ!」
 たまらず今度は大きく声を上げてしまう。
 俺を穿つ律動は、次第に速度を増していった。
「はぁっ……ふ……んんッ……」
 揺さぶられ、容赦ない波に翻弄され続け、部屋の中はただ男の熱と喘ぎしかなくなっていく。独特の臭気が満ち、過ぎる時間と共にその濃度を増していく。
 狂気のような想いが俺の中を――より強く、深く奥を征服していく。
 俺は自分を充たす物以外、何も考えられなくなっていった。

   


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