ON WINGS OF SONG


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 頭が痛い。躰が重い。
 今朝の俺はいつになく体調不良のようだ。目を開けると妙に周りがぼやけている。
(二日酔い…のわけないよな)
 俺は酒の回りが早い分、量を飲まないから次の日まで残ったことがない。もっとも飲んだ経験はまだほんの数回だけど。
(なんだってこんなタルいんだ?)
 躰を起こし、そこが自分の部屋でなかったことと、自分が裸だということに気づく。
「うーわー…っ!」
 一気に昨夜の出来事がフラッシュバックされた。
 とんでもないことをしてしまった。
(俺、もしかして初体験ってやつをやってしまったんだろうか!?)
 頭の中をアホな考えが飛び交う。
 あの長門さんがあんなことを、というのも信じられないが、これはもしかすると強姦されたことになるんだろうか? …いやいや、俺だって思いきり反応してたんだから和姦になるんじゃないか? それとも入れたりとかしてないし実害もないようだし、ちょっとハードなBってことでカウントされないんだろうか?
 長門さんへの驚きや怒りよりも、どちらかというと俺の意識はやってしまった行為のほうに向いていた。
 考えていても埒があかないので、とりあえず着替えることにする。服はきちんと畳まれてあった。そんなところが長門さんらしい気がする。
(やっぱああ見えて、あの人も大人なんだな……上手かったし……)
 驚きもしたしショックでもあったが、割に動揺は少なかった。まさかこんな形で行為に及ぶとは思ってもみなかったが、長門さんの気持ちは知っていたし「まぁ、長門さんならいいか」とどこかで許してしまっている自分がいた。
 顔を合わせるのは気恥ずかしいが、長門さんと話したいと思った。
 彼の姿は近くに見あたらなかった。2階の店の方にいるのだろうと、俺は階段を下りていった。下りる途中、店の中が何やら騒がしいのに気づいた。俺の腕時計では十時過ぎ。こんな時間に一体どうしたんだろう。
 ドアを開けるとすぐ目の前に長門さんがいた。
「やあ、遅よう」
 いつもの穏やかな笑顔で挨拶してきたものだから、俺はつい「お早う」ではなく「遅ようございます」と返してしまった。
 そこには長門さんと一緒に何故か山下と、知らない男が二人立っていた。
「あれ、山下、どうかしたのか?」
 俺は他の二人に一応会釈だけしておいてから、山下に訊ねた。
「ああ、琳に紹介しておくよ。従兄で一歳上の目白と、目白の高校の先輩で大学一年の片瀬さん」
 二人が会釈するのに、俺もまた軽く頭を下げた。
 目白というのは筋肉質でニヤニヤ笑っていてやけに明るそうな、土木関係にいそうな兄ちゃんといった感じだ。一方、片瀬さんは俺を何やら検分するような眼差しが勘に障る、プライドの高そうなやや長めの黒髪の男だった。
 長門さんが説明した。
「彼らは最近バンドを組んだんだけど適当な練習場所が近くにないっていうから、昼間の空いてる時間にうちの個室を貸すことにしたんだ。うちはせっかく防音室があるのに閑古鳥が鳴きっぱなしだからね」
「はあ、そうですか」
 俺はその説明だけでは納得しきれない何かを感じながら曖昧に返事をした。それにしても、そういう練習にあの部屋が使えるとは思いもよらなかった。あの小さいドアからどうやって機材を運び入れるんだろう。
「それで、山下もキーボードとかやってるわけか?」
 俺は昨日山下がピアノをやっていると言ったことから推測して訊ねた。
「そう。メンバーはまだこの三人だけだけどね。片瀬さんがギターで、目白がドラム。あとヴォーカルは絶対欲しいし、できたらベースも欲しいかなって話してたとこだったんだ」
 なんとなく話の流れが読めてきた。
「長門さん。昨日、俺がつぶれる前に話しかけてたことって、もしかして…って思うのは当たってます?」
「ごめんね、結局ちゃんと話せなくて。いきなりの対面になっちゃったね」
「それは別にいいですけど……」
 ただ、このまま互いに突っ立っているだけの状態では、俺もどうしていいやらわからない。
 その時、初めて片瀬さんが口を開いた。
「きみ、琳君っていったっけ? もう話はわかっただろうけど、俺らは結成中のバンドでヴォーカルを探してる。俺はまだ君の歌は聞いてないけど、長門さんと山下が認めてるからな、その気があれば今日これから合わせてみてくれないか?」
 ごく丁寧な口調なのにもかかわらず、俺は思わずムッとしてしまった。何故か妙に高飛車な印象を受ける人だ。俺は求められればいつでも歌うが、この人の誘いにはなんだか気が乗らなかった。
 黙っている俺に、目白(さん、と付けるべきか?)が訊いてきた。
「なぁ、バンドって興味ねえ?」
「っていうか、あんましよくわかんない…です。普段カラオケしかやんないし、去年の文化祭で一回だけバンドやってみたけど、そいつら超下手クソだったし」
「俺らはなかなかだと思うぜ」
 さりげなく「下手くそ相手は嫌だ」と予防線を張った俺へ、目白は自信ありげに口の端をニヤリと上げる。
「練習してるとこならちょっと見てみたいですけど」
 彼らの情報を何も持たないのに、いきなり歌わされるのは嫌だ。俺は正直なところを言った。
「よっし。ほんじゃあまあ、とりあえず聞いてもらうってことで。移動するか」
 目白さんの言葉に、長門さんを含めた全員が移動し始める。
 片瀬さんが不機嫌そうなのが気になった。おそらく一番年長のこの人がリーダーなのだろうが、目白がいかにもムードメーカーといった感じで仕切っているのが気に入らないのかもしれない。
 いくら出来かけのグループといっても、こんな雰囲気で果たして本当に上手く合わせられるんだろうか。
 俺は本当は目白に話しかけたいところを気を遣って片瀬さんにたずねた。
「ところでバンド名はなんていうんです?」
「それはメンバーが揃ってから考えることにしてるけど、一応呼び名は欲しいってことで、仮に『シークレット』って言ってる」
(そのまんまじゃねえか)
 メンバーが揃っていなくて本腰入れての活動はできないから準備期間、つまり表からは秘密の活動=シークレット、ってか?
 つまらない名前だと思ったが片瀬さんは気に入っているようだったので、俺はそうですかと愛想笑いしておいた。
 言うことは言うがいつも優しい委員長肌の山下、高三でこんなことをしている豪快そうでおちゃらけた感じの目白、大学一年だという神経質そうな片瀬。――こんなメンバーで、一体このバンドはどんな音楽をやっているのだろう?
 2つある個室の広いほうに行くと、十畳ほどのスペースの隅にもうキーボードやパーカッションが設置されていた。
「実はさっきもう、ちょっと合わせたんだ。今ちょうど琳のことで長門さんと話しててさ。タイミング良かったよ」
 山下が楽器に電源を入れて試し弾きしながら言う。
「どんな曲やってんの?」
「今んとこは色々かじってる感じで、みんなちょとずつ傾向違うから…例えば○○とか□□とかで、ノリのいい曲かな」
 山下の挙げたメジャーバンドの名前は、一つはよく知らない外国のバンドで、もう一つは俺のお気に入りのところだった。さっきより興味が湧いてくる。
「ふうん。あ、その楽譜ちょっと見せて」
 俺は山下が楽譜の束を持ってきているのに気づき、渡してもらった。口で説明されるより楽譜をめくって見た方が早い。
「これ、いつもやってるやつ?」
 それを見て俺は困惑した。流行りの曲が無節操に束ねられている。
「あ、それは適当に持ち寄ったもだから、半分もやってないよ。まだこの三人が集まってから二カ月くらいだし」
 俺は少々不安を感じた。軽めのラブソングからいかにもなハードロックまで、これではあまりにも節操がない。
「そんなんで本当に合わせられんの? 傾向が違うって結構大きいと思うけど」
「まあでも、いいと思ったものでも自分がやるとなるとまた別だし。少しずつ自分たちの音楽を作っていけばいいんじゃないかと思ってるんだけど」
 そのことは意識していたのか、山下は苦笑しながら言った。
「さっきから聞いてると、随分知ったような口きくな」
 片瀬さんが口を挟んできた。何かあてこするような響きがある気がするが、俺が何かしただろうか?
 とりあえず笑顔で、俺は片瀬さんに何も反感など持っていない態度を見せた。
「とんでもない。俺なんて何も知らない素人ですから。こうやって合わせるのを見せてもらえるだけでもすごい嬉しいですよ」
「セッションしてるとこなんざ、そう珍しいもんでもないだろ」
 片瀬さんは小馬鹿にしたように鼻で笑った。嫌な感じだ。この人はいつもこんなふうなんだろうか?
「だから俺は素人なんですよ」
 なんとか笑顔を作ってみたが、俺はもう帰りたい気になった。それでも長門さんや山下に悪いと思うから一応聞くだけは聞くが、これで下手だったら速攻で帰ってしまおう。

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