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声が聞こえた。
男だったり女だったり、若かったり歳とっていたり、いろんな人間の声だ。
『お願い、ちょっとだけ貸してもらえない?』
『いつも手伝ってもらって悪いが、またいいか?』
『顔見せるだけでいいから少しだけ付き合ってくれよ?』
『ちょっとでいいのよ、都合してくれない?』
いろんな人間がいたが、皆決まって何かを要求してきた。
――もうやめてくれ!!
時々、猛烈に反抗したくなる。めちゃくちゃに暴れて周り全てを拒絶して見せたら、一体どうなるだろう?
…そんなふうに考えることにさえ、俺はもうとうに疲れ果てていたのだが。どうせ結果は目に見えている。今まで優しく親切に、従順に見えていた者が突然反抗する程度のことなど、彼らにとってものの数ではないだろう。
『こいつも使えなくなったか』
無言でそんな顔をして、さっさと背を向けて次の「使えるモノ」のところへ行く。――おそらくそんなところだ。
自分は彼らにとって、便利で使い勝手の良いモノでしかない。
――俺はなんで生きてるんだろう……
ひどく虚しくなる。
それでもまだまだ先の長い人生を捨てる気にはなれない。未だに知らないことはたくさんあるし、おそらく出来ないだろうがやってみたいことは沢山ある。
夢見ることを完全に止めてしまうには、俺は諦めが悪過ぎた。
だが現実は、それまでの俺の予想を遥かに越えて厳しく過酷なものだった。
『――君、可愛いね。いくら?』
最初にそう声をかけられたのはいつだったろう。
あのとき俺は、腹が減って疲れ切っていて、でも小さく縮こまっているしかできずにいた。どうしたらこの惨めな生活から抜け出せるのか、もっと「生きる」ことができるのか判らず、途方に暮れていた。
同年代の少年が美味いラーメン屋やたこ焼き屋の話をし、少女が成功するためのダイエット法を論じ合っている時、俺はその日の飯にありつけるだろうかと呆然と考えていたのだ。
食べられなければ生きられない。
この飽食の時代に、俺はそんな現実と向き合って生活することを強いられている。
「……ック、ン……ア…?」
息苦しさと覚えのある圧迫感のために、泥のような重い眠りからむりやり引き戻された。
部屋はややクーラーがきつかった。だが湿ったシーツの上で、俺は自分が全身からびっしょり汗をかいて、それが肌の上を流れ落ちていくのを感じていた。
俺の上に、つい数時間前に知ったばかりの影が覆い被さっていた。
「……ウッ……ンッ……ハァッ……」
部屋に俺の喘ぎ声と、男の微かな低い息遣いとが響く。
お世辞にも体格が良いとは言えない――どころか、後ろ姿は未だに女の子と間違えられる貧弱な俺の腰を、名前も知らないそいつは乱暴に掴んで思うさま揺さぶっていた。
もう何人とこうしたか判らないというのに、未だに中を貫かれることに慣れることができない。内蔵を破壊されていくような感覚の中、視界の端で俺の痩せぎすの手足が男の動きのままにゆらゆらと揺れる滑稽な様が見えた。
そんな状態でも、その瞬間は大抵しっかりやって来た。相変わらず重たく苦しい躰とは裏腹に、下肢が張りつめていく感覚が次第に激しく耐え難くなっていく。
「……ア……クッ……ンアッ! ア、アァ……」
俺が白濁を飛ばしてすぐ、低く呻いて男も果てた。
満足したのか、ぐったりと横たわったままの俺に再び何かしかけることもなく、男は汗にまみれた躰を起こしてシャワールームへ消えた。
(良かった、これでゆっくり眠れるかな…)
もう真夜中だ。今から家に帰ることもできないし、帰ったところでもうあそこでは安心して眠ることなどできそうにない。まさか毎晩こうして誰かしら捕まえてホテルに泊まるわけにもいかないから、ほとんどの日は仕方なく家に帰るのだが……。
今夜はかなりゆっくりできそうだ。今日の相手は、深夜になっても帰ると言っていた。無論、払いは済ませてあるし、俺への支払いも前金は貰ってある。こんなことはなかなかあるもんじゃない。
すぐ向こうで水音がするのを聞きながら微睡んでいるうちに、俺はまた眠ってしまったらしい。気づくときちんと着替え終えた男がネクタイを締めながら俺を見下ろしていた。
お愛想でにっこり微笑んだ俺へ、男は少しだけ嬉しそうな表情を見せると黙って札入れから何枚か取り出し、枕元へ置いた。そのまま俺のことなどなかったかのように背中を見せると、ためらいなく部屋を出ていった。
ドアの閉まる音に、俺はようやくほっと息を吐いた。今夜は一人でゆっくり眠れる。
その前に、一応はシャワーを浴びておかないと――体内に情事の痕を残したままでいるのはまずい。
俺はだるい躰をどうにか起こすと、まず紙幣を掴んで数えてみた。
「…チェッ、しけてやんの」
約束よりほんの少しだが少なかったことに、俺は舌打ちした。
ベッドの横に散らばっている衣類のうちジーンズを取り上げ、ポケットに紙幣を無造作につっこむ。
幾度も貫かれてドロドロになった下肢から冷たいものが流れ落ちてゆくのを不快に思いつつ、俺はようやく完全に起き上がるとシャワーを浴びるためにバスルームへ向かった。
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