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Piece of Love


− 4 −

「君、時間あるならちょっと付き合ってもらえない?」
 いかにも「そういう誘いだよ」と言っているようなどこか作りものめいた微笑みを浮かべて、その男は声をかけてきた。
 やや色白の肌に、紺のスーツがダサくなく似合う。淡いブルーのシャツにクリーム色のドット柄ネクタイ。全体にすっきりした印象の優男だった。
「いいですよ。どうせ暇ですし」
 そうして俺らは連れだって裏通りに並ぶラブホテルへ向かった。

 小杉と名乗った男は、さっさとスーツを脱ぐとハンガーにかけた。慣れた様子にちょっと安心する。
 男はためらいなく素肌を晒すと、浴室へ入っていった。先にシャワーを浴びるつもりなのだと思ってゆっくり服を脱いでいたら、浴室から「早くしろ」と手招きされた。
 慌てて浴室へ入ると、中は湯船へ落ちる湯のために湯気で真っ白だった。
 既に泡立ててあったスポンジを渡されて「洗って」と催促された。人の躰を洗ったことなどなかったのでちょっと戸惑ったが、言われたとおりスポンジを男の躰に滑らせる。首筋から背中、腕、胸まで洗ってまた戸惑った。
 恥ずかしいというわけではないが、どの程度触っていいものなのかが判らない。ためらいがちに手を動かしていると、男が笑って俺の手の上から自分の手を重ねてきた。
「そんなおっかなびっくりすることないよ」
 そう言われて、俺は却って赤面してしまった。その様子が何か面白かったのか、男はしばらく小さく笑っていた。
 男の躰を洗い終えると、今度は男に躰を洗われた。人に躰を洗われるなんて子どもの頃以来で気恥ずかしかったが、そのくすぐったさが何故か心地良かった。
 その部分をわざとゆっくり丁寧に洗われて、そこが軽く反応を示した。
「おっ、反応してるよ、ほらほら」
 からかうように指先でつつかれて、思わず笑いながら「やめて下さいよ」と抗議した。
 初めて会った相手でこんな場面なのに、なんだかとても楽しい気分になった。
 バスソープをたっぷり入れた湯船に、膝に乗せられるようにして二人で浸かる。男の手が悪戯するように俺の前を弄び、耳朶を甘噛みする。くすぐるように後ろを探られ、俺の頭に急速に血が上っていった。
 俺が完全に勃起する前に湯船から出ると、適当に拭いた乾ききらない躰をベッドに押し倒された。
 覆い被さってきた男は、両手で俺の頭を挟み込むように支えると、深く口吻けてきた。男の舌に俺も自分の舌を絡めながら、内心キスから始まる愛撫にひどく驚いていた。客にキスされるのは初めてではないが、こんな風にごく自然にされたことはなかった。
 俺の少女めいた容姿に倒錯的な快感を覚えるらしい妙なオヤジにしつこく顔を舐め回されたこともあったが、こうやって丁寧に舌を絡めるようなことはなかった。俺自身、躰を売っているのであって、アソコを弄るのならいざ知らず、唇を重ねることに大した意味はないだろうと考えていた。
 だがこの小杉という男のキスで、俺はこういうこともまんざら無意味ではないと考えを改めることになった。
「あ……」
 柔らかな温い舌の感触に意識がとろけそうになる。互いの唇がたてる小さな音に、鼓動が早まる。口の端からこぼれた唾液の感触に下腹が熱くなり、次第に荒くなる息に抑えきれず声が漏れる。
「……んっ……」
 俺の唇を貪りながら、男の手が俺の脇腹や腰を撫でさする。触られたところがまるで全て性感帯に変わっていくかのように敏感になっていく。
 唇が離れ、男が俺の首筋をきつく吸ったときには、俺のものは完全に勃ち上がっていた。
「立ってるね」
 意地悪く微笑みながらそこをスッと軽く撫でられ、俺の躰がひくんと揺れる。
「イきたい?」
 頷くと、男は半身を起こして俺の首根っこを軽く掴むとそこを示した。
「だったらココに……判るよね?」
 俺はまだ僅かにしか反応を見せていないそこへ顔を寄せると、それを口に含んだ。
 口でするのは正直好きではない。病気のことを考えてかやらせない客もいるが、大抵の客はこれを望んだ。いつもは内心思いきり顔をしかめてやっている行為だが、今は不思議とこの嫌な青臭さもそれほど気にならなかった。
 俺はそれへ奉仕するのに夢中になった。唇で先を吸いつつ舌を滑らせ、手で付け根や袋へ刺激を与える。
 行為の途中で男の手が腰へ伸ばされ、俺は男へ近づけるように高く腰を上げさせられた。微かに甘い匂いがしたと思うと、俺のそこに冷んやりしたものが塗られた。
 愛撫しつつそこを愛撫される感触に、俺はたまらず腰が揺れそうになる。俺が小さく痙攣するたびに、男のものが硬度を増していった。
 そこがよく解される頃には男のものは完全に勃ち上がっていた。俺は男の上に座るようにして、ゆっくりと自分から腰を落とした。
 たっぷり塗ったジェルで挿入はスムーズだったが、圧迫感が強い。
「すいません……」
「いや、ゆっくりでいいから」
 頭の中がジリジリするような痛みに浅い呼吸で耐えている間、男はじっと待っていてくれた。
 もう大丈夫とみて男の手が俺の腰にかけられ、ゆっくり動き始めた。膝立ちのような不安定な状態で下から突き上げられ、俺は自分を支えきれず男の肩に縋った。
「あ、あっ……んっ……」
 躰の奥に、幾度も男の硬さが押し込まれる。そのたびに俺は声をあげ、脳裏を焼く快楽に我を忘れていった。
 耐えられず早々に果ててしまった俺は、しかしすぐに新たな快楽が沸き上がってきて驚いた。放った後、すぐにまた反応するなど初めてのことだった。
 男に俺の驚きが伝わっているのが判った。
「イイか?」
 掠れた声で耳元に囁かれ、また俺の躰が熱くなる。
 ――その晩、俺は初めてセックスの快楽を知った気がした。

 その後、小杉とはよく会うようになった。
 小杉の愛撫はいつも丁寧で、慣れてくると道具を使って遊んだりもしたが、基本的に互いの躰をさぐりあうような行為が好きならしかった。
 それは俺に、まるで恋人同士のような甘やかな気分をもたらした。
 丁寧な前戯、優しい愛撫。
 見た目のスマートさと同じく、小杉の行為も優しくスマートだった。
 だから、俺は誤解しそうになってしまった。
「それにしても小杉さん、まだ若いのによくこんなしょっちゅう俺みたいの買いに来れますね」
「まあねぇ。俺、坊ちゃんだから」
 ふざけた口調で言われたが、実際本当なのかもしれないと思った。
「いいなぁ。俺んちなんて、今すごい大変だもん」
「ふうん、そうなんだ」
「そうなんだよ。親父がさぁ…」
「リョウ」
 珍しく、強く呼ばれて思わず小杉の顔を見返した。彼は微笑んではいたが、その瞳には強い牽制が窺えた。
「そういうプライベートは、特に話す必要ないから」
「…………」
 優しい微笑みの下に、面倒はゴメンだという本心が覗いていた。俺は言葉を失った。
(本当に優しい人だと思ってたのにな……)
 失望した――そう思った。
 決してこれは、失恋なんかじゃない。元々彼とは、ただの買い手と売り手でしかないのだから。
 そう自分を納得させつつ、言い様のない寂寥感が胸いっぱいに溢れていた。
 その晩小杉と別れた後、知らず流れ出てきた涙は、いやにしょっぱかった。

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