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Piece of Love


− 6 −

 上機嫌な男に連れられてレストランへ入った。どうやらイタ飯らしいが、こんな店に入ったのは随分と久しぶりだ。
木のぬくもりに満ちた内装の店内は、なんとテーブルクロスから壁にかかったコートまで木で出来ていた。どうやら木で彫った装飾らしいが、なんとも凝っている。
 いつもの俺だったらもっと興味津々であちこち見回していたかもしれないが、今日は熱でボーッとする上に空腹で、面白いとは思ったが、とてもそんな余裕はなかった。
「なに食べたい?」
 案内されるまま席に座り、差し出されるままメニューを眺める。働かない頭で読んでもよく判らず、心なしか視界までかすんできた。なかなか決められずメニューを指でたどりながら見ていたら、
「これがいいのかな?」
と勝手に解釈してくれたので、頷いておいた。
 料理が来るまでの間、男は名刺を出すと俺に渡した。自己紹介されたが、耳に入ってこない…。
 名刺など見るのは初めてだったので、このときはちょっと思考力が戻ってきた感じがした。だが小さな紙に書かれた文字など大したこともないので、すぐに興味が失せてしまう。
 その名刺は後ろポケットへ突っ込んでしまった。(そうして後日、忘れたまま洗濯機にかけてしまったのだった。)
 俺は鈍った頭で、特に注意が必要そうな相手でもないけれど一応気をつけて、こちらが病気だということだけは気づかれないように…と心がけた。風邪ひきではきっと嫌がられるだろうし、ここでもし置き去りにでもされたら困るどころではない。
 だがそんな心配はいらなかったようだ。俺を凝視する熱っぽい眼差しは、心底俺に参っている感じだった。
 『美少年』などと言われるとなにやら背中がムズムズするが、人受けのする顔だというのは自覚している。外見だけでこんなふうに人の気持ちを捕らえられるものだろうかと、そんな経験のない俺としては不思議で仕方ないのだが。
 ふと、気まぐれが頭をもたげた。
「……リョウ」
 口をついて出る。まるで魔法をかけられたように、男がびくっと顕著な反応を示した。
 仕事をするとき、はじめの頃は訊かれたら普通に名乗っていたが、最近は本名を知られるとまずいと思って「リョウ」と名乗ることにしていた。本名に近いので何かあって調べられたら俺だとわかるだろうが、呼ばれたときに気づかなかった…などという失敗は防げる。
「リョウ…ちゃん、か」
 本当に熱を出している俺よりよほど熱っぽい顔でポーッと男が言うのに、俺は驚いた。
(こいつ、俺のこと女だと思ったのかっ!?)
 まあ、そう思えばかなり納得だが…。
 そりゃあ、男を買うつもりだったら、こんな風に悠長に食事なんかしていないよな。あまり良い気持ちはしなかったが、そこまで信じ込んでいる男に呆れる気持ちが勝った。
「リョウでいい」
 なんとなし、許してしまった。マヌケな奴だなぁと思うが、なんだか憎めない。今まで俺の周りにいなかったタイプだ。
(どうせこれっきりだろうけどな)
 まあ、世の中いろんな奴がいるものだ。そう思えば、このご飯を奢ってくれるという男に対する腹立ちも大分緩和される。
 可愛い女の子と食事をしているつもりになっている男には悪いが、俺はそうと知っても遠慮する気持ちはなかった。大体そんなことを間違える方が失礼だ。
 それはまあ…今日の格好はギリギリという感じもするが。ごく普通のシャツとジーンズで、性別の特定できるような格好ではないし、最近金がないせいで床屋へいっていないから髪もかなり伸びてきてしまっている。
 それでも普通によく見てもらえば、俺が男だってことはすぐわかると思うんだけど……。
 俺は一瞬だけ迷ったが、男に真実を伝えるのはやめておいた。
(飯、食い終わった後でもいいよな?)
 ――本当に腹が減ってたんだよ、俺は……。
 久々のまともな食事に思わず必要以上にがっついてしまった。俺は割と食べる方だが、それにしても近来まれに見る食べっぷりだった。デザートまでしっかり食って、満足。
 腹が膨れると気持ちにも余裕が出てくる。気分も良くなってきて、男に黙っているのが悪い気がしてきた。
(どうしよっかなぁ…)
 つい悪戯心が目覚めてしまう。
 この後のことを考えると、ここでバラしておくのもいいかもしれない。店を出て、さてどうしよう……といったら、やることは一つだろう。まさか、この後この界隈でゲーセンでも行って健全(?)に遊びましょうって訳でもあるまい。
 その時、ちょうどタイミングよく男が声をかけてきた。
「満足してもらえたかな?」
 俺は思わず顔が笑ってしまうのを抑えられなかった。
「でもさ」
 俺は声をたてて笑い出したいのを必死で堪えながら続けた。
なんかとメシ食って、お兄さん楽しかった?」
 一瞬訳がわからないという顔でキョトーンとしている男が実に滑稽だった!
 俺はそんな男を置き去りに、一目散で店から飛び出した。
 後は勝手知ったる縄張りだ、到底追いかけて来られないだろう入り組んだ路地まで逃げ込むと、大きく息を吐いた。
 めいっぱい食べられたおかげで、体力はかなり回復していた。まだ熱は収まらず体がふらつくが、これでゆっくり眠れれば風邪なんかすぐに治るだろう。
(あの後、あいつどうしただろう……)
 想像すると、悪いと思いつつも笑えてしまう。
(可哀想だけど、これも良い経験ということで……なんてな)
 俺は一人でクスクス笑い続けた。多少の後ろめたさはあるが、不思議と晴れやかな気分だった。

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