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一週間後、俺は風邪もすっかり良くなり、また街頭に立っていた。
あの後、結局ショートで一人客を取って、小銭を稼いだ感じですぐ帰ってしまった。無理をして激しく体調を崩して寝込むことになるのが怖かったからだが、おかげでまたこうして立っていられる。それが果たして良いことなのか、悪いことなのかは判らないけれど。
仕事を始めて2カ月弱ちょっとになる。ようやく感じが掴めてきたから、前に考えていたように週1〜2回定期的にやろうかと考え始めていた。
そうして稼ぐことがクセになってもまずいのだろうが、せめて今年いっぱいはこれをやらないと食いつなげそうにない。できたら本当に進学もしたいし、ある程度の貯金をしておきたい。父が諦めて、何でもいいから仕事を見つけてきてくれさえすれば、俺もここまでのことはしないんだろうけど……。
そんなことをぼんやり考えていたときだ。
「リョウ!」
いきなり大声で呼ばれてギョッとした。声の方を振り返り、俺は再度仰天した。
「あんた…!」
先週、俺を女と間違って夕飯をたかられた男がそこに立っていた。
(うわ、ヤベッ!)
俺は大慌てでその場を逃げ出そうとしたが、男がいかにも穏やかな笑顔で『心配いらない』という素振りをして見せたため、それで後ろを見せるのも癪だし一応その場に踏みとどまった。
多少の人目はある場所だから、何かされるとしてもそう酷いことはできないだろうし。もっとも何かされたところで周りの他人が助けてくれるとは到底思えないが。
「やあ、先日はどうも。君が男の子だって全然気づかなかったよ」
あっけらかんと言われて、俺はなんだかバツが悪かった。
「別に俺、何も騙すようなこと言ってないからな」
間違えたそっちが悪いんだから当然だ、と心中言い訳してみるものの、浮かんだ罪悪感は完全には拭えない。
気づいた時点で勘違いしていることを指摘しておいたら、きっと「それじゃあこの話はなかったことに…」とはしなかっただろうから、心置きなく奢られていられたんだろうけど。やっぱりあの時は熱のせいで頭が上手く回っていなかったようだ。
「わかってる、わかってる」
男がそう苦笑してみせたが、やっぱり分が悪いような気がした。
やっぱり面倒が起こる前に逃げ出そうかな…と考えた俺の前で、男が勝手に話し始めた。
「実は俺、あの日彼女に振らてね。落ち込んでたんだけど、今はなんだかすっきりしてる。たぶん君のおかげなんだろうと思ってね。だから、食事代を請求するなんてケチなことはしないから、安心して?」
「ふうん……」
都合の良い話を作られているような気もしたが、この男はそういう嘘はつかなさそうだ。よっぽどのお人好しなのかもしれない。
まあとりあえず実害はなさそうだから、いいことにした。それよりも気になるのは、俺を前に買ったことのあるオジサンが向こうからチラチラこちらを伺っていることだ。あんまり気前のいい奴じゃなかったけど、買ってくれるなら有難い。この男が改めて俺を買うのでなく単に立ち話をしているだけなら、営業妨害もいいとこだ。
「ところであんたさ、用がないなら行ってくれる? 邪魔だから」
はっきり言ってやったら、男はあからさまに傷ついた顔をした。随分と正直な奴だ。見てくれの良さで女ができても、気の弱さで飽きられるか都合よく二股かけられるか、そんな目に合いそうなタイプだなあ。
男が次に言ったセリフで、俺はあやうく大笑いしそうになった。
「あ、もしかして彼女と待ち合わせとか?」
「何言ってんだか」
こいつは周りの空気を読むってことができないのか? 今夜は珍しくもこれだけ『売り』をやってる奴らがタムロってるってのに、まったくどんな御目出度い人生を送ってきたってんだろう!?
俺は、俺よりずっと年上なはずの男に、俺にしては丁寧な解説をしてやった。
「あそこ、見てみろ。――…ああいうの、みんな俺のお仲間だよ」
この言い方で判るかと思ったが、男にはやはり判らなかったようだ。言うに事欠いて、こんな返事をしやがった。
「へえ、いいね。で、何の仲間?」
俺はとうとう我慢しきれず吹き出してしまった。
「あんた本ッ当にわかんない?」
「え、えっ…?」
うろたえる男がおかしくて、俺は客になりそうなオジサンのことを忘れかけてしまったほどだ。
本気で理解できていないらしい男にこれを告げるのはちょっと勇気がいるが、まあこれだけの反応を楽しめたのだから、この後の不快感はチャラにするか。
「じゃあ、はっきり言ってやるよ。俺はね、『売り』してんだよ」
「ウリ……」
男はしばらく考え込んでいた。これだけはっきり言われてそれ以上何を考えようがあるのか、俺にはそれこそ理解不能だが。
ようやく納得できた顔の男に、俺は更に言ってやった。
「そ。だから、こうしてあんたにひっついてられると迷惑なんだよ。それともあんたが買ってくれるってんなら話は別だけど?」
「エエッ!?」
明らかに驚いて無意識に半歩後退った男に、俺はさすがに少しムッとした。その反応は楽しいが、あんまりやりすぎてもカンに触るんだよ。
「何驚いてんだよ。人のことナンパしたくせに」
「だ、だってそれは君が女の子だと思ったから…」
「男を買う気はないってか」
「いや、そういうことじゃなくて……」
ちょっと強く言っただけで、動揺してどう返答すればいいのか判らない体の男に、俺は少々疲れを感じた。
いい大人がそれくらいのことで一々おたつくなよ。まるで俺の方が子どもをいじめてるみたいな気になるじゃないか。
「で、結局どうすんだよ。行くのか、買うのか?」
オジサンが俺のことを諦めて、他の子に声をかけようと物色し始めている様子を感じた。そろそろ潮時だな。
「と、とりあえず、俺とご飯食べ行かない?」
そんな俺に、男は懲りずにナンパをしかけてきた。
(ここまで…ってのも、ちょっと…大したものかもしれない)
男を断ってオジサンからいくらか稼ぐか、この男の相手をして夕飯代を浮かすか。
(まだ病み上がりだし、何もしないでタダ飯は有難いかな。その後で一人くらい客……取れるかな)
「ま、いっか。んじゃ、ちょっとくらいなら付き合うよ」
計算してみて、俺はそう結論を出した。
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