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Piece of Love


− 9 −

 原さんとはそれから定期的に会うようになっていた。一緒に食事をして、時々はゲーセンで遊んだりして帰る。ごく健全な付き合いだ。
 とはいえ、中身がどんなに健全でもやっていることは援交で、何をするにも向こうの財布が中心になっていた。
 それでも俺はずっと「つきあってやっている」と思っていた。イニシアチブは常に俺が持っていて、原さんは俺のちょっとでも嫌がることはしなかったためもある。
 いつでも俺の顔色をうかがっているような原さんを、俺はどこか見下していた。
(こいつには、どうせ大したことはできないんだ。俺のことを好きなくせに、だからって手出しするような根性はないんだから)
 そう思うたび、胸の奥がツキンと痛む。だが俺は、そのことにはあえて目をつぶっていた。
 ――どうせ俺は、そうした可愛らしい恋愛の対象にはなれないんだしな……。
 自分で選んだことを後悔はしたくない。たとえどのような結果になったとしても、俺は今こうしていることを絶対に後悔したくないんだ。
 なのに、この痛みは何なのか――知ってしまったら、俺はもう二度と一人では生きていられなくなってしまうだろう。そんな予感がしていた。
 そんな恐ろしいことにはなりたくない。自分の思うようになることなど、この世にはほとんどないというのに……。
 自分が本当に欲しいものは、俺には実は判っていたのかもしれない。ただ、そのことを考えるのが怖いだけで…。
「リョウ」
 そう優しく呼ばれるたびに、俺はどんどん言葉遣いが乱暴になっていった。
「ンだよ、意味もなく人の名前呼んでんじゃねえよ」
 俺の周りには、いつのまにか見えない壁が作られていった。



「…いいかい? ほら…」
「……んぁっ……あっ……」
(こンの、クソオヤジッ! バカスカ腰打ちつけやがって、いい加減にしやがれっ!!)
「…ああ、可愛いねぇ……」
 俺は平日の真昼間だというのに、腹の突き出たオヤジに内臓をかき回されていた。
 二度目の相手だった。中年親父なら持久力がなさそうだし楽そうだと思ったのが、想像以上にねちっこい上に体中嘗め回されて気持ち悪かったので、二度とやるまいと思っていたのが、急な入用のためについ応じてしまった。
(しょうがねえ、俺はこれで食ってるんだから。このオヤジ、払いがいいし。ガマンガマン……)
 そんなことばかり考えてしまう自分があまりにも浅ましい気がして嫌だったが、現実なんてそんなものだ。どんな言葉で誤魔化そうと俺は汚らしい男娼で、こうした奴の便所代わりになるしか稼ぐ術を持たない未熟な子どもなのだ。
「…ああ、おじさん、またイクよ。リョウくんのお尻にいっぱい出すよ…」
「……うっ……ん、あっ! あ、あぁ……」
 もう何人とヤったか判らないほどだが、いまだに余り慣れない躰は、銜え込んだ異物が更に膨らみ弾ける瞬間、鈍い痛みに悲鳴をあげた。
 客を萎えさせることはできるだけ避け、可愛らしい声をあげるよう勤めているものの、この瞬間は他人の欲望を受け止めている嫌悪感も併せて最も俺は嫌いだった。
 俺がイかなかったことにオヤジは不満げな顔をしたが、俺は後戯のサービスなど知らぬ顔で手のひらを差し出した。もう小一時間もラブホにこもりっぱなしだ。あんまり媚びて図に乗らせて、このまま朝までされでもしたら冗談じゃない。
 以前は泊まれた方がいいと考えていたが、今は絶対に泊まりはしないようにしていた。小杉さんの件でのトラウマもあるが、それよりも自分への戒めのためだ。
 これは金を貰って行う仕事なんだから、余計な感情を抱くようじゃいけない。俺はあくまでも性欲処理の道具で、お互いに厄介な存在になるような行動は避けなければ……。
 他にも、最近急に朝方魘されるようになったためもある。そんな姿を見られたら、悪い病気とでも思われて客がつかなくなるだろう。
 今更とも思ったが、ちゃんとゴムもつけるようになった。きちんと考えてやろうと思うと、これまで蔑ろにしてきたそうした知識は自然と入ってきた。もっとも、行動についてはそうして気遣ったりセーブしたりできるが、感情をコントロールすることは難しくて、いまだに思うようにはならないが。
 さっさと金を要求する俺にオヤジは渋い顔をしたので、俺は仕方なく甘えるように言った。
「おじさん強いんだもん、オレ、もうくたくただよぅ。ねぇ、終わりにしてもいいでしょ?」
 これだけで、オヤジはやに下がった顔で財布から数枚の札を抜くと俺の手へ掴ませた。渡すどさくさに両手で俺の手を包むように握られ、粘っこく撫でさすられたのには抵抗があったがグッと我慢した。
 それくらいはしないといけない気がして…。こういう奴がいないと、俺は食っていけないんだから。
 ――本当に、そうか?
 ――本当に、他に手段はないのか?
 時々ふいに脳裏を掠めるその問いに、俺は聞こえないフリをし続けた。


 身づくろいをしてホテルを出ると3時過ぎだった。学校は終わる時間だし、せっかく出てきたからと、もうひと稼ぎするには早すぎる。
 半端な時間にどうしようかと逡巡し、「そうだ」と俺は携帯を取り出した。
『連絡先が判らないのは不安だから…。一緒に食事できるときはこれで呼ぶから、リョウも遠慮なくいつでも呼んでね』
 そういって原さんに渡されたものだ。そんなものを持たされるのは面倒だとも思ったが、通話料も原さん持ちだし使ってみたら案外と便利で、変に使いすぎなければ構わないだろうと持ち歩いていた。
 仕事で使うのも便利かと思ったが、連絡先を他人に知られるのは怖い気がしてやめておいた。友人にも教えていない。かける時は気にしていないが、受けるのは原さんの電話のみだ。
「もしもし」
 原さんの携帯へ電話すると、コール二つですぐに出た。
「あ、リョウ?」
 嬉しそうな原さんの声に少しほっとした。
「なに、今夜大丈夫なの?」
「まあな。いまY駅まで出てきてんだけど、時間余っちまって。原さんが大丈夫ならこのまま待ってるけど」
「え。あ、ちょっと待って!」
 原さんが電話の向こうで誰かと話す声が聞こえた。
(会社かな。俺の知らないところ、か……)
 結構頻繁に会っているのに、実は互いのことをほとんど知らない。サラリーマンなのは判っているが、実際にどんな仕事をしているのかとか、俺の学校のことも教えていないし。
(そんなん、ただの援交相手に教える必要ないしな)
 俺はちょっと淋しいと思いかけ、ブルブルと頭を振ってその感情を払い飛ばした。
 それにしても、俺も変わったものだと思う。
 初めのうちは会うことさえ面倒だった。奢ってもらえるのは有難いが、その間に稼いで自分で食べた方が儲けは多かっただろう。
 なのにいざ稼いだ金を手にすると、つい食費にそんなにかけたくないなどと思ってしまう。売りを連続して行うことも、躰がきつかった。
 躰を休めるときも欲しいが、稼げないのに食費などがかかるのも困る。食事だけ奢ってくれる原さんは、丁度良い存在なのだ。
 と、そんな理由付けをして、俺は原さんの呼び出しに応じることにしたのだった。
 なんとも思っていないつもりの相手でも、しょっちゅう顔をあわせていればそれなりに感じるものもある。原さんはひたすら優しくて、いつでも俺の気持ちを優先しようとしてくれる。そんなところに無性にイライラさせられることもあったが、総じて一緒にいて気分が良かった。
 それほど財布に余裕のある人でもないようで、場所はチープなところが多かったが、いつも気前よく奢ってくれて、本当に嬉しそうに俺の食べる姿を見つめている。見られることは照れくさく、同時にじれったくもあった。
(見てるだけじゃ何にもならないんだぜ)
 下手に近づかないよう距離をおいて…などと考えていても、俺はやはり誰かに甘えたいと思っているのかもしれない。憂鬱な家から俺を連れ出してくれる人を求めているのかもしれない。
 そんなこと、自分でなんとかしなければいけないのは判っているのだが、躰も気持ちもついていかなくて……。
「リョウ。待たせてごめん」
 携帯から原さんの声がした。
「ああ」
「あのさ、今あんまり忙しくないから、今日はもうこれで上がることにしたから。今から行くから適当なとこで待っててくれる?」
「わかった。じゃ、駅についたらまたケータイして」
「うん。急いで行くから」
「別に急がなくていいよ」
 そう言って俺は通話を切った。
 ――苦しい。
 何が自分を苦しめているのかもわからず、俺は急に痛んだ胸元へ手をやりぎゅっと握りこんだ。
 ――絶対に、絶対にもう、分不相応なことはやめるんだ……
 俺は自分の躰を生かすために、自分の心を殺そうと必死だった。

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