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佐倉遥路(さくら・ようじ)。それがあいつの名前だった。
いかにも宝物のように大事にされていそうな、お坊ちゃんらしい名前だ。名前から性格もうかがえる気がする。
二年C組で、生徒会や部活には所属していない。そこまでは伊吹が教えてくれた。
問題はどうやってコンタクトを取るかだ。考えてみたら俺は自分から誰かに近づいたことがない。いつも向こうから言い寄ってくるばかりで、こちらから興味を持って人に近づいたことがなかった。
あいつの教室まで行って引っ張ってくるか。昼休みか放課後にでも捕まえるか。
佐倉を知った翌日の休み時間、珍しく俺が頭を悩ませていると、伊吹が気づいて声を掛けてきた。
「どうした、丹羽。眉間に皺なんか寄せて」
丁度良いので意見を聞いてみることにした。
「初対面の奴を呼び出すのに良い方法って何だと思う」
伊吹は一瞬驚いたように目を見開き、次いで小さく吹き出した。
「なるほどねぇ。そういうことになっちゃったわけだ」
「なんだ、そういうことってのは」
伊吹の態度は俺を苛立たせた。
「いやいや、まあそう気にしないでくれよ。大したこっちゃねえし」
釈然としないが、あえて突っ込むのも面倒な気がしてやめた。
「で、呼び出すのにどうしたらいいかってんだよな。古典的な方法としては、やっぱ下駄箱に手紙だろうな」
何がそんなにおかしいのか、伊吹はにやけながら言った。
「手紙か。ふむ」
確かにそれが手っ取り早そうだ。自分も何度かそうした手紙を受け取った覚えがある。相手が女だと面倒な話に決まっているから無視したが、男からの呼び出しだったら同じ男として受けないわけにはいくまい。
「なるほどな。判った」
「一応言っておくけど、ノートの切れっ端なんかに書くんじゃねえぞ。ちゃんと封筒に入れて、封もして、封筒には相手の名前と自分の名前も書いておくもんだ。下駄箱なんて誰に見られるか判らないし、すぐ開くようだとまずいからな。それで誰宛か判らなかったら開封しづらいし、相手が誰か判らなかったら悪戯かと思われて捨てられても文句言えないからな」
「そうだな。助言ありがとう」
親切な言葉に対して礼を述べると、伊吹はいやに驚いた顔をした。
「おお! どういたしまして」
俺は早速購買へ行き、白い便箋と封筒のセットを購入したのだった。
慣れないことをしたもので、実際に下駄箱に手紙を入れるのに数日かかってしまった。もっともすぐ書けたとしても、相手に用事が入っていた可能性もあるので、様子をみるためには良かったかもしれない。
部活も何もしていない佐倉は、放課後にちょっと図書室へ寄ってから帰ることが多い。本を好きなようだ。すぐに帰る日は、おそらく他の生徒達と同じで塾へでも通っているのだろう。
今日なら大丈夫だろうと見当をつけた日の放課後、俺は佐倉を呼び出した空き教室へ急いだ。
今日に限って俺へ喧嘩をふっかけてくる馬鹿がいたせいで、少し遅れてしまった。まったく、もし佐倉が誰もいないからと帰ってしまったらどうしてくれるんだ。
心配はもう一つあった。手紙には今日の放課後にそこへ来て欲しいとしか書かなかった。もし初めて見かけたとき佐倉の周りにいた同級生達が、保護者面して付いてきていたらどうしてくれよう。
いきなりパンチをお見舞いするのもやばいだろう。かといって、話し合いなんて面倒なことは俺にはできそうもない。
……いざとなったら、やはり腕っぷしで勝負か。
肝の小さい弱虫野郎のように細かいことを考えつつ、空き教室へ着いた。ドアを開けると誰もいなかった。
もう帰ってしまったのか。それともこれから来るところなのか。
相手が来た形跡がない限り、待たないわけにはいかないだろう。俺は埃を被った教室の隅に積み上げられた古い机と椅子の山から、椅子をひとつ引っぱり出すと腰掛けた。
怖ろしく長い時間待っていたような気がする。だが実際にはほんの数分だった。
俺が苛々しながら睨み付ける前で、ガラガラと遠慮がちに扉が開かれた。
「あ……。あの、手紙の人?」
佐倉だった。俺は頷いた。
「良かったぁ。遅くなってごめんね。一人で来た方がいいかなと思って、いつも一緒に帰る友達に断ったんだけど、なんか……うまく言えなくて」
なるほど、例の親衛隊もどきがうるさく付きまとっていて遅れたのか。やはり奴等とはそのうち『話し合い』をする必要がありそうだ。
俺は椅子から立ち上がった。佐倉は扉を閉めると、少しばかり困惑した様子で近寄ってきた。
どうやらあの手紙を果たし状だとは思われなかったようだが、では何で呼び出されたのか判らないといったところか。確かに意味不明な代物だったかもしれない。
初めて間近で見る佐倉は、遠目で見るより遥かに艶っぽかった。男のくせになんて滑らかな肌をしているんだ。
これまでに経験のない感情が俺を突き上げ、鼓動を早めていく。
「あの、それで……」
言いたいことをはっきり伝えられない性格らしい佐倉は、もじもじしながら俺と床の間で視線を上下させる。
ある程度予想はしていたが、いくら運命の相手でもやはり会ってすぐに感極まって抱き合うなどということはないわけだ。
(いいさ、それなら俺が、お前の相手は俺だということを判らせてやる)
俺は呼び出した理由を直裁に告げた。
「あんた、俺の女になれ」
俺を見上げる顔は、怪訝そうな表情を浮かべていた。言われたことの意味を判っていないのか。
「……何、女って。それどういうことだよ?」
間を空けてようやく出された声は、怒りでか震えていた。一応意味は判っているようだ。
だが自分が自分の運命については判っていないようだった。まあ判ろうと判るまいと、結果は同じなのだが。
俺は無言で佐倉を押し倒そうとした。
「何するんだ!」
佐倉は肩を掴んだ手を払いのけようと、激しく腕を振り上げた。俺は逆にその腕を掴むと、ついでにもう片方も捕まえて、吊り上げるようにひとまとめにした。
「いっ、痛っ!」
掴んだ手は驚くほど細かった。これが同じ男のものなのだろうか。
暴れる足を封じ込めるため腰を寄せると、抱えるように持ち上げて埃まみれの床に寝かせた。
馬乗りになり、抵抗するのを押さえつけながら制服のボタンを外していく。
「やっ、やめろっ……」
佐倉は裏返って掠れた叫び声をあげた。俺は構わず下着の下へ手を差し入れ、しっとりと汗ばんだ肌に触れた。
「やだーっ!」
いきなり大声を出され、それまで佐倉の両手を抑えていた手で口を塞いだ。誰かに来られては困る。
佐倉は自由になった両手で俺の腕を掴み、どうにかして口を塞いだ手をどかそうと抗った。しかし自分とそう変わらない体格の男でも力でねじ伏せたことのある俺だ、こんな貧弱な躰の奴を押さえ込むなど他愛のないことだった。
顔を紅潮させて身を捩る佐倉は憎らしく、その非力さは愛しかった。これほど力のない者が俺の相手として目の前にいるのが何やら不思議な感じがした。
手の下で、口を塞がれながらなおも叫ぼうとする柔らかな唇の動きに、俺は欲望を刺激された。俺はかなり乱暴に佐倉の衣服を引き剥がしていった。
前を開かれズボンを降ろされたところで、佐倉の抵抗が弱まった。見ると、佐倉の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
俺は口を押さえていた手を離した。
「おっ…お前のいいようにするから、こんな強引なのはやめてくれ…!」
必死な様子でそう訴えるのに、胸のあたりがズクンと痛んだ。
(俺は……)
覚えのない感情がこみ上げる。俺は狼狽した。
(俺は何をしたかったんだ?)
少なくとも、いきなりこんなことをしたかった訳ではないはずだ。こいつこそ俺の相手だと判ったから、手元に置いておかなければと、そのために呼び出したはずだ。
お前は俺の物なのだと判らせたかった。だがそれは、決して力に任せて躰を奪うことではなかったはず、なのだが……。
自分がよく判らなかった。こんなことは初めてだ。
「お前は俺の物だ」
俺は、これだけは伝えなければと必死な気持ちで告げた。
「俺から逃げるな。いいな」
佐倉は泣きながら何度も頷いた。
俺は佐倉の上からどいた。佐倉はゆるゆると身を起こすと、なおも涙を流しながら身繕いをした。見て判るほど震えている佐倉は、なかなか上手くボタンをはめられずに何度も失敗する。俺は舌打ちしてその胸元に手を伸ばした。
俺の手に、佐倉がビクッと後退った。
「貸せ。やってやる」
俺は佐倉のシャツを引っ張るようにして身を近づけると、着衣を手伝った。
支度を終えた佐倉がためらいがちに教室から出ていこうとする素振りを見せるのへ、俺は「まだだ」
と佐倉を引き寄せる。その顎を捕らえると、噛みつくように唇を重ねた。
佐倉の唇は温もって柔らかく、甘かった。
「んっ…ぅ……」
佐倉がくぐもった声を洩らす。もっと哭かせたい。俺は更に深く舌を差し込んだ。
力では敵わないと教えたはずが、佐倉はまだ無駄に抵抗し、俺の胸に腕を突っぱね離れようとする。俺はそんな仕草をあざ笑うかのように、その口中を貪り蹂躙した。
佐倉がついに降参して大人しくなり、その膝がくだけ落ちたとき、俺はようやく唇を離した。手の中の佐倉は、先ほど止まったはずの涙で再び両頬を濡らしていた。
赤く濡れた唇がいやに扇情的だった。
我慢しきれなくなりそうだった俺は、引きずるようにして佐倉を教室の外へ出し、そのまま学校を出た。佐倉は散々泣いて腫れた目を気にするように俯いたまま、腕を引かれるまま大人しくついてきた。
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