White Labyrinth


〜 21 〜

 月が煌々と輝いていた。
 グラシアスは人気のない道を、あてどなく一人で歩いていた。頭の中で、数日後に決まったギリアークとの対決のことが渦巻いていた。
 ギリアークは可能な限りの手段で必死に修練しているという話だ。当然そうだろうとは思ったが、そうと知って胸中は複雑だった。
 グラシアスは時に何もしていない。する必要を感じていないからだ。
 あの時咄嗟にあんなことを言ってしまったが、内心で実力なら自分の方がずっと上だという計算が働いていたように思えてならなかった。
(俺は……有無を言わせず押さえつけて、自分の方が上なんだと認めさせたかったんだろうか……)
 今更だが、グラシアスは決闘を申し込んだことを後悔し始めていた。
 上下関係というものは時に必要なこともあるが、権力を誇示するような場合、大概において悪い結果ばかりを生む。それを知っておきながらあのような提案をしたことは、グラシアスの中にギリアークに対する抑圧があったためかもしれない。機会を得て、無意識下にあった感情が一気に流出したと考えられはしないだろうか。
 決闘などしても、何も良いことはないかもしれない。グラシアスの力は衆目の知るところであるし、それをあからさまに誇示したところで、この先ギリアークとの溝がますます深まっていくだけなのではないだろうか…。
 ではどうしたら良かったのかというと、グラシアスには判らなかった。
 素直に身を引けば、万事上手く収まったのか?
 もしかするとそうかもしれない。ヴァンだけは渋い顔をするだろうが、他に反対をしそうな者は誰一人いない。
 こうして一人でしみじみと考えていると、ギリアークを押さえたい気持ちの中には、権威に執着するようなことをして欲しくないという気持ちもあったように思える。あれだけ純粋で優しく、常に正しく生きようとしてきたギリアークに、自覚はないかもしれないが立場を利用して権力を持たせるような真似をさせたくない。彼の過去にそんな汚点は残したくなかった。
 そう思うこと自体が幻想に過ぎないのかもしれない。人はいつまでも真っ白ではいられない。良い面も悪い面も持ち、色々なことを経験し知っていてこそ、生きていると言えるのではないか。
 かつて自分が何も知らなかったことから、グラシアスはそう考えていた。
 それはギリアークにとっても例外ではないはずだ。彼にも闘争心や競争心はあり、それに伴う権威欲もあるのだ。それらを否定することは出来ない。
 そんな彼に力の差を見せつけるような真似をして、本当に良いのだろうか……。
 グラシアスが負けることは考えられなかった。グラシアスの魔導力は桁外れで、ヴァンについて魔導を教わり始めてから半年もしない内に、物心つく頃から魔導を習ってきたギリアークに追いついてしまった。
 ギリアークは特別力が弱いわけではなく、平均よりは優秀だった。頭の回転は良いので学業は出来るし、大技は難しくとも小技をマメに覚えて、組み合わせて上手い具合に使う。
 だがそれはグラシアスにも出来た。大技も小技も複合技も自由自在に使いこなし、魔導の使い過ぎで倒れた経験も持たないグラシアスに、ギリアーク程度の普通の魔導使いが対抗できるはずがない。
 わざと負けるようなことは出来ないだろう。そんなことをしたら、ギリアークとの仲を決定的に悪くしてしまう。ギリアークは、八百長は許せない良心と自尊心とを充分に持っている。
 小動物と巨獣ほどとは言わないが、そう形容したくなるほどの力の差があって、判らないように負けるなどということも不可能だろう。
 だとしたら、どのように勝つかが問題だ。誰もが納得し、ギリアークが負けても仕方がないと思えるほどの圧倒的な差を示し、グラシアスを認めざるを得ない展開にする必要がある。
(……いや)
 グラシアスは再び嘆息して首を振った。
 それだけではない。ギリアークとの溝を深めたくないのは、あくまでも自分のためだ。
 今回のことでも思い知ったが、誰も自分をリーン以外の者として見ていない。ヴァンはどうにか便宜を図ろうとしてくれているが、それとてもグラシアスがリーンだからだ。
 いつどんな場面でも、グラシアスがリーンだという事実は常についてまわった。ごく普通の者で、グラシアスをリーンと知っても他の者へと同じように接してくれる人間など居はしないのだ。
 リーンとして蔑むか、リーンとして憐れむか。それはグラシアスにとって大した違いはなかった。
 ただギリアークだけが、兄弟として当たり前の態度で接してくれていた。それがグラシアスにとってどれほど大きな意味を持っていたことか。
 なのにグラシアスが自分の立場に脅威を与える存在になると、そんなギリアークでさえあのように変わってしまうなどとは、できれば考えたくなかった。グラシアスがリーンだから次の魔導師候補になっていなかったことに、さすがにこの歳になったギリアークが全く気づけなかったなどとは信じられない。
(結局俺は、リーン以外のものにはなれないのか……)
 沈鬱な面持ちで俯いたグラシアスの口から、重い吐息がこぼれた。
 その手が、自然と胸の守り石を握り込んでいた。自分の熱を吸収してほのかに温かくなったそれは、僅かな重みの存在感と共にグラシアスを安心させた。
 もっと実質的な効果もあった。ギリアークから譲り受けた時から、グラシアスはこの石に不思議な波動を感じていた。最近それが強くなったように感じていた。
 想いを込めて石を握ると、石はグラシアスの魔導をその内に少しばかり受け入れた。力の移っていく感触が面白く、よく魔導力の出し入れをして楽しんだ。わずかばかりの力だが、繰り返している内に、石はその容積と無関係により多くの魔導を受け入れるようになっていっているようだ。
 もうすっかり青年らしく成長したグラシアスだが、子どもらしい遊びをしたことのない彼は、そんな一見して他愛のない石弄りの一人遊びを未だに楽しんでいるのだった。

 ――リーン。
 脳裏に突然響いた声に、グラシアスは驚きの余り飛び上がって周囲を見回した。
「だっ、誰だっ!」
 ――…リーン……リー……
 その声は以前――グラシアスがリーンとして家畜小屋にいたとき、またギリアークにこの守り石をもらった後にも度々聞いていた、あの呼び声だった。
「まさか、この石が…!?」
 守り石自体は何の力もない、ただの呪(まじな)いだと思っていたが、魔導を多少増幅させる程度の磁力のようなものを持っていたのかも知れない。
 いつになくはっきりと聞こえるその声に、グラシアスはゴクリと唾を飲み込んだ。
 今日こそ声の正体が判るかもしれない。
 その思いにグラシアスはギリアークのことを忘れ、呼び声に導かれるままにふらふらと歩き始めた。



 当日はのんびり昼寝でもしたいほどの良い天気だった。
 グラシアスは特に何の準備もせず、いつも通りの質素な服装で一人で出かけた。
 決闘が行われるのは魔導師協会の所有しているコロシアム――円形闘技場――で行われる。お椀型のドームは試合をする者が観客に見下ろされる形になっており、今回のためにそこへ下見に行ったとき、グラシアスは過去の裁判を思い出して不快になった。
 闘技場へ歩いていくグラシアスの目の前を、二頭立ての立派な馬車が遮った。
「やあ、グラシアス。君、もしかして歩いてきたの?」
 馬車の窓からギリアークが顔を覗かせた。
「ああ」
 短く答えてそのまま通り過ぎようとしたグラシアスを、女の声が引き留めた。
「いくらこれから決闘をする相手だっていっても、そんなにつれなくすることないじゃない? すぐそこだけれど、一緒に乗っていかれたらいかがかしら」
 ギリアークの隣りには、ギリアークの婚約者であるハシュリーが座っていた。
 豊かな栗色の巻き毛を流行の髪型に高々と結い上げ、胸元の開いた上等のドレスに身を包んでいる。普段でさえ髪にも耳にも首にも重たげに宝石を身に纏う、いかにも上流階級のお嬢様然としたハシュリーを、グラシアスははっきりと嫌っていた。
「遠慮しておくよ。本当はあんただって、俺なんかと口もききたくないと思ってるくせに」
 グラシアスは無遠慮にフンと鼻を鳴らした。途端にハシュリーの顔がカッと赤く染まった。
「何を…私はべつに、そんな……」
「グラシアス、彼女は本心から親切で言ったんだ。確かに少し思慮に欠けたかも知れないけど、そんなふうに言うのは良くないよ」
 ギリアークが慌ててフォローしようとするのへ、グラシアスは思わず失笑しそうになった。
「どうだか」
 代わりに呟く。
「何か言ったか?」
「いや、別に。用がそれだけなら俺はもう行くが」
 ギリアークは苦い顔をした。
「…引き留めて悪かったな。じゃ、後で……」
 そうして馬車の窓が閉められ、再び発車していった。
 その後ろ姿を見送りながら、グラシアスは秘かに遠聞の術を唱えた。すぐに馬車の中の会話が聞こえてきた。
「……っと彼も気が立ってるんだ。僕だって平常心じゃいられないくらいだし」
「それにしたって彼の口調は私、いつも驚かされるわ。ああいうところ、とてもあなたと兄弟だって信じられなくなるもの」
「それでも彼はかけがえのない僕の片割れなんだ。君にそんな風に言われるとちょっと悲しくなるよ」
「ごめんなさい、私そんなつもりじゃ…。きっと私も緊張してるのね。ねえ、くれぐれも気を付けてね。あなたに何かあったらと思うと、私…」
「ああ、そんな顔しないでおくれ。大丈夫、決闘は喧嘩じゃないんだから、相手の命を奪うようなことはしてはいけないことになっているんだよ」
「でも、お互いに夢中になっていたら万が一ということもあるでしょう?」
「そんなことにはならないよ。グラシアスは確かに力があるけど、僕だって負けてないさ。僕を信じていておくれ」
「ええ。私、あなたの勝利を信じて祈っているわね」
 そこまで聞いて、グラシアスは術を解いた。
(ケッ。何が『祈っているわ』だ。信じてるなら祈りなんか必要ねえじゃねえか)
 彼女の言葉の何もかもがグラシアスには信じられなかった。
 ハシュリーは親が決めた許嫁(いいなずけ)だが、ギリアークは一目で夢中になった。一見したところハシュリーは清楚で美しい魅力的な令嬢で、それなりに教養もあり申し分ない。
 だがグラシアスは、深窓の令嬢がとても足を踏み入れるはずのない逢い引き宿の並ぶ裏街でハシュリーを見かけたことがあった。それも一度ならず、男連れで…。
 ギリアークには何も言っていない。証拠を掴んだ訳ではないので控えているが、それ以来彼女のあらゆる言動を疑い続けていた。
 魔導で暴くことは容易だろうが、どうせいつまでも騙しきれるものじゃないだろうと放っていた。ギリアークが自分で気づいて処理するべきだとも思うし、彼女の存在がグラシアスからギリアークを遠ざけた一因にもなっていたため、無意識に嫉妬もしていたかもしれない。
 優雅な車輪の音を響かせて遠ざかっていく馬車に、苛立ちが募る。
 グラシアスは面倒になって、移転術でさっさと与えられた闘技場内の控え室へ空間移動してしまった。


 闘技場の観客席は満員だった。
 どこにこんな大勢の人間がいたのだろうと思うほどの群衆が、闘技場を見下ろしてぐるりと囲っている。一般市民も混じっているのか、席は上流階級のためのボックス席以外はぎゅう詰めで、床が抜け落ちるのではないかと危ぶまれるほどだった。
 ここでは魔導による試合がたびたび行われているが、ほとんどの場合魔導を学んでる者しか観には来ない。普通に生活を送る者にとって魔導は別世界の力という意識が強いためと、それらの試合のほとんどが勉学の意味合いが強いためだ。
 従来の決闘ならば、闘技場を借りるにしても公にはせず秘かに行っていたのだろうが、どちらがより魔導師の資格を得るに相応しいかを周囲に知らしめる必要があったため、公にすることを許可した。その結果がどうしてこのようなことになるのか、今頃ヴァンなどは頭を抱えていることだろう。
 観客席を埋め尽くした人々が、一体どんなすごい試合を目に出来るのか、勝負の結末は…などとあれこれ予想し胸を高鳴らせる中、観客席の中程から白や黒や灰色といった無彩色のフード付ローブに身を包んだ魔導師達が現れた。彼らが闘技場の八方へ配置されるのを見守りながら、場内の熱気は否応にも高まっていく。
 魔導のための特殊な試合に備え、この闘技場には特殊な仕掛けが施されている。要となる八つの位置から魔導師達が魔導力を発して磁場を作ることにより、観客などに危険がないよう結界が張られるのだ。
 通常の格闘技などと違い、魔導は放出された力がどこまで影響するか測りきれないところがある。それも試合者が互いに夢中になっていると、余計に周囲への危険度は大きい。八人の魔導師達により、魔導力を持たない一般人も安全に試合を観られるというわけだ。
 そのため実際の試合は闘技場の床を軸にした筒状の範囲で行われる。闘技場の地面はかなり強力な魔導にも負けないほどの硬度を持つ、素焼きの土に似たもので出来ている。地中への隠遁や、床面を抉っての攻撃も許されているが、必要な魔導力に対して効果が少ないため、通常は空中戦となる。(余談だが、この床は協会側が維持費の削減のために考え出したと言われている。)
 ちなみに魔導力は精神力と同一視して論じられることも多いほど、人の心と直結している。無理に上位魔導などを使うと、その後魔導を使えなくなるだけでなく体力と共に集中力も落ちるため、相手の簡単な攻撃からも身をかわすことが困難になる。一発勝利を得られれば良いが、少しでも相手の力を残してしまうと即敗北に繋がるため、時間制限のない試合や決闘では魔導力の配分が重要な鍵となることが多いのだ。
 更に言うとこの床面には何種類かあり、試合によって床を張り替えたり別にいくつかある闘技場が使われることもある。得意の魔導の種類によって有利不利ができるため、なるべくその差を少なくするためだ。そうして今回の場所は、明らかにギリアークに有利だった。
 ギリアークは空中戦に有利な風系の魔導を得意とするが、グラシアスは本来そこにあるものを利用する物質移動や物質変異を得意とする。薬草や簡単な道具の持ち込みは許されているが、岩や木などといったものは用意できないため、地面を動かすこともできないとなるとグラシアスにはいくつも攻撃パターンが残されていない。少なくとも、グラシアスの力を知る者は誰しもそう考えていた。
 今回の場所は、決闘自体は公にはしているが内容はごく個人的な性質なために、労力を考慮して互いの自宅から最も近い場所が選ばれた。そうして床の張り替えなどせず、そのままの状態で行われることに決定した。偶然ともいえるが、秘かに論議を生んだ決定であった。
 そうこうする内に、重い軋みをたてながら中央の大扉が開かれた。細長いラッパ型の楽器を手にした二人組の楽員が姿を現すと、時間を告げる澄んだ音色が高々と鳴り響いた。
 楽員が姿を消すと、ぽっかりと開いた扉の奥から三人の人物が現れた。途端に闘技場中が興奮した歓声で沸いた。
 グラシアスは黒に近い濃い灰色のローブ、ギリアークは白のローブ姿だ。残る一人は中位クラスの魔導師で、判定のための立ち会い人だった。
 二人は闘技場の中央まで進むと、儀礼に則り両手を顔の前で組んで互いに一礼した。中位魔導師が制約の言葉を言い、二人がそれへ同意するように頷く。魔導師は二人へ頷き返すと、観客席の一角に設けられた審判員のための席へと収まった。
 大扉が閉められ、合図の太鼓の音と共に八人の魔導師達が魔導力を解放し、磁場を作り上げる。――いよいよ決闘開始だ。
 二人は浮遊魔導で地面より少し高い位置に浮かぶと、互いに遠のき距離を置いた。
 最初にギリアークが仕掛けてきた。ギリアークの得意とする風系の技が惜しみなく繰り出される。
 ギリアークが両手を開いて術を唱えると、通常の者ならば立っていられないほどの強風がグラシアスへ向けてたたきつけられた。だがそれらの風は、グラシアスの服をそよとなびかせることさえできない。
「…結界を張ったか。やはりただの風では駄目だな」
 グラシアスは素早く印を組み直すと、更に術を唱えた。空中から無数の水滴が現れ、次々に鋭く凍り付いては風に乗ってグラシアスへ向かっていく。だがそれらの氷の弾は、グラシアスの直前で無数の小さな火花を散らしては消え去っていく。
 グラシアスは余裕の薄笑いを浮かべていた。最初に浮かんだ位置から変わらずに、ギリアークの次の技を待っている。
「では、これではどうだ!」
 更に複雑な印を組むと、ギリアークは氷のつぶてを水へ戻し、それをグラシアスへ叩きつけた。
 水はグラシアスの結界に阻まれ蒸気を上げて次々に霧散していく。だが続けるうちに、グラシアスの視界を阻み、更には彼を包み込むように白い繭状の壁が出来上がっていった。
「今だ!」
 叫ぶと共に、ギリアークが大きく腕を上げる。グラシアスの頭上で局地的に現れた暗雲が雷を起こし、ギリアークが勢い良く腕を振り下ろすと共に太い柱のような稲妻が繭に直撃した。
「キャー!」
 一瞬周囲が閃光で真っ白になり、観客席のところどころで小さな悲鳴が上がった。
 光が収まったとき、黒こげになってひび割れた繭が現れた。
「さすがのグラシアスもあれでは逃げられまい。まさか死んではいないだろうが……」
 ギリアークは少し不安げな顔で繭へ近づくと、中で気絶しているはずのグラシアスを助けるためにそれへ手を触れようとした。
 途端に繭の残骸がザッと地面へ崩れ落ちた。そこには先刻となんら変わりのないグラシアスが浮いていた。
 驚くギリアークへ、グラシアスは相変わらずの薄笑いを浮かべて言った。
「で? 次はどんな技を披露してくれるんだ?」
「…まさかっ!」
 ギリアークは慌てて飛びすさびグラシアスから遠のきざま、腕をふってかまいたちを繰り出した。小さな真空の刃がいくつもグラシアス目指して飛んでいくが、先ほどの風と同様、グラシアスに届く前に弾かれてしまう。
 その後もギリアークはいくつもの技を繰り出したが、ことごとくグラシアスの結界に阻まれた。
 魔導の使い過ぎでギリアークが肩で息をし始めた頃、ようやくグラシアスが動いた。
「そろそろネタ切れか? んじゃ仕方ねえから俺も何かするかな」
 言いながらグラシアスはスイッと高く宙に浮かび上がると、軽く両手を上げた。
 ――ズガガガガーッ!!
 すさまじい大音響が闘技場いっぱいに轟いた。一瞬にして闘技場は煙幕のような砂煙で何も見えなくなった。砂煙は観客席までは及ばないが、耳を聾せんばかりの音と様子が判らないことに、一体何事が起きたのかと人々は不安に駆られて立ち上がったり喚きたてた。
 しかし爆音はそう長くは続かなかった。砂煙が上がったのも数瞬程度のことで、その後はゆっくりと鎮まっていった。
 粉塵が重力に従って収まりようやく闘技場の様子を知れたとき、人々が目にしたのは無惨に崩れ果てた地面と突っ伏して倒れているギリアークの姿だった。
「こ、これは一体…何があったんでしょうか!?」
 ヴァンの隣で決闘を見守っていた魔導師の一人がヴァンへ訊ねた。
「転送術の応用じゃな。あやつ、いつの間にあんな技を……」
 ヴァンは何事か考え込みながら低く唸った。
「えっ、しかし転送術程度ではあれほどの爆発はできないのでは? よほど大きな物を使えば可能でしょうが、あれは魔導力を消費しますし、第一に媒体とする物がないのでは……」
「確かに地面を大きく抉って相当の土塊を使用しなければ、これほどの大技にはなるまい。それもそんなことをして時間をロスしていては、あんな一瞬にして技を仕掛けることなど不可能じゃ。あやつは更に、物質転送する際に生じる僅かな磁力を利用したのじゃ」
「磁力…?」
 魔導師はさっぱり判らないといいたげに首を傾げた。
 ヴァンの指摘通り、グラシアスの使った術の大本は移動術だ。よほど目の良い者ならば、グラシアスが術を仕掛けた瞬間に闘技場の床の一角がボコリと抉られ、一瞬にして消え失せるのが見えただろう。
 既に物質の存在しているところへ物質を転送すると、空間に存在しきれなくなった物質同士が激しい爆発を起こす。それを利用した攻撃へ、更にその際に発生する磁力を利用して空気中にバリアを張り、爆発が起こる範囲を狭めて攻撃力を高める。
 この場合、グラシアスの指定した範囲は闘技場の床面全域だった。ごく薄い布のように力を床の表面だけに限定させ、落ちた毬が止まるまで何度も繰り返し弾むように、表面が崩れると共に連動して更に同様の技が反復される仕掛けだ。攻撃力そのものは小さいが、超高速で連動して起こすことによって強大な力へと変じさせたのだ。
 磁力の速さに負けないほどの素早さと、わずかな力を広範囲に影響させるための細心の注意力が必要な、神業的な高度な技だ。
 ギリアークは爆発の際に生じた風圧と散弾のような石つぶてから身を守るために結界を張ったが、速さと威力のある術の効果は絶大で、反撃するだけの魔導力を残すことが出来なかった。グラシアスはギリアークが魔導の使い過ぎで意識を失ったのを見計らって術を解いた。
 視覚的な効果と爆音で驚かされた人々は、ギリアークが倒れているのを見て悲鳴をあげた。彼らの応酬がどんなものだったかまったく判らない人々が、ギリアークの生死を疑ったのも無理からぬことだろう。
 グラシアスはギリアークに近づくと一応脈を確かめ、救護班を呼んだ。大扉が開かれ、慌てたように担架を担いだ救護班が走り込んでくる。
「もう決着はついただろう。連れていけ」
「……あ、しかし……」
「死んじゃいねえよ」
 言葉通り、そのとき微かにギリアークが呻いた。ギリアークが生きていると知るや、救護班は慌てて彼を運び去った。
 人々が驚きのあまり硬直し、茫然としたまま立ち上がれずに控えめにざわめいている中を、グラシアスは救護班のために開かれた大扉から悠然と退場していった。
 闘技場を離れながら、グラシアスは背にしたそこから終了のラッパも聞こえぬままに次第にどよめきだけが大きくなっていくのを感じていた。

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