〜 23 〜
石畳の敷かれた通りを忙しげに馬車や荷台が行き来する。人々は活気に溢れ、楽しげに話しながら、または一人で店頭を冷やかしながら歩いていた。
グラシアスは珍しく街へやって来ていた。ギリアークから呼び出されたためだ。
「決闘のことは申し訳なかった。これで気持ちの整理がついたよ。また一から勉強し直して、次の機会には必ず僕も魔導師になってみせる」
あの後、見舞いに行ったグラシアスへギリアークはいつも通りの穏やかな笑みを見せてくれた。
「もう躰は大丈夫なのか?」
心配するグラシアスへ、ギリアークは力強く腕を上げて見せた。
「うん、この通り。シャスの技のかけ方がうまかったみたいで、ほとんど何てことなかったんだ」
判っていたつもりとはいえ、その言葉にグラシアスは心底ほっとした。
ちなみに『シャス』というのは、ギリアークのみが使うグラシアスの愛称だ。まだ二人が幼かった頃、周囲の目がないときは互いにそうした短い愛称で呼び合った。グラシアスはギリアークのことを『ギル』と呼んだ。
「でね、今日来てくれたついでにお願いしたいことがあるんだけど」
「何だ?」
グラシアスは何でもきくつもりで身を乗り出した。
「あんなみっともない姿を曝してしまって、今更かも知れないけど……決闘のことは水に流して今まで通り付き合ってくれないかな」
「そんなの!」
グラシアスは驚いて叫ぶように言った。
「勿論じゃないか! いつだってギルは俺の味方でいてくれた。それがどれだけ俺の支えだったか! これまでしてくれた沢山のことを考えたら、あんなこと物の数に入らねえよ!」
グラシアスの言葉にギリアークは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。そう言ってもらえるとすごく嬉しいよ。それでね、仲直りの印と魔導師就任のお祝いとして、何か贈り物をしたいんだけど……」
そうしてギリアークの言葉通り、グラシアスは街で待ち合わせて何か好きな物を選んで買ってもらうことになったのだった。
正直人混みは好きではないので、ギリアークが適当に見繕ってくれた方が有り難かったのだが、そんなことを言うのも図々しいかと出かけることにしたのだ。それにギリアークは、これまでグラシアスが二人で連れだって歩くことを避けていたため、一緒に出かけることを殊のほか喜んだ。ギリアークの気持ちを考えると、申し出を断ることは難しかった。
待ち合わせに指定された街の入口付近にある彫像の側に立っていると、聞き覚えのある声がした。
「あら! 貴方……」
嫌な予感にグラシアスが振り返ると、そこにハシュリーが立っていた。
ハシュリーはまるで偶然出会ったかのような態度だったが、グラシアスはそう思わなかった。いくら真昼の大通りとはいえ、貴族のお姫さまが一人歩きなどあまりに不自然すぎる。
一応変装のつもりなのか、ハシュリーはいつもよりかなり地味な格好をしていた。それでも富豪のお嬢さんくらいには見える格好で、明らかに周囲から浮いているのが噴飯物だったが。
商店街は表通りなら単純な一本道で、入口側を見ていれば行き交う人はチェックできる。グラシアスがギリアークと今日ここで会うことを知って、張っていたのだろう。
「ねえ、ちょっとお時間頂けないかしら? 私ずっと貴方とお話したかったの。これはきっと天が私に与えて下さった機会だと思うわ!」
(なにを戯けたことを言ってやがるんだ、この女狐は)
グラシアスは内心で失笑した。
それでも一体何を話すつもりなのか興味を引かれたのと、この際自分の悪感情をはっきり示しておくのもいいかと話に乗ることにした。
「生憎と人と待ち合わせしてるんで、あんま時間は取れねえよ。それで良ければちっとくらい付き合ってやってもいいぜ」
いつもなら眉をしかめるグラシアスの口調にも、ハシュリーは顔色を変えず、むしろ嬉しそうに笑顔を見せた。実際「まあ、嬉しい!」と顔の前で掌を合わせて、可愛らしげに小首を傾げてみせた。――もっとも、そうした仕草はグラシアスの嫌悪するところだが。
「だったらこの近くに良いお店があるのよ」
「もしかして、そいつは生野菜と果物がウマいっていう『レスカ』じゃねえか?」
「ええ、そうよ! あら、よくご存じね」
ハシュリーは笑顔を保ちながらも困惑した様子を見せた。
『レスカ』は軽食を出す店だが、座席が全て個室になっていて密会などに便利な造りになっていた。
(あんなとこに連れ込まれたら、一体なにされるか判りゃしねえからな)
ありもしないでっち上げでグラシアスを陥れることさえやりかねない女だ。用心するに越したことはない。
「時間もねえことだし、どっか座れりゃいいだろ」
グラシアスは紳士的に近場の公園へ向かった。ハシュリーは思惑通りにいかなかったことに不満があるようだったが、我を通すこともなく仕方なげに後を付いてきた。
どこぞの貴族が気紛れに作り、商業協会へ寄贈したという公園には、白い石を切り出して作った優美な人口の池があった。グラシアスがその縁へ腰掛けると、ハシュリーもその隣へためらいがちに腰を下ろした。
「まずお祝いを述べなければいけないわね。魔導師就任、おめでとうございます」
ハシュリーはいかにも淑女然としたつつましやかな微笑みを浮かべた。
「どうも」
グラシアスのそっけない返答に、ハシュリーは言葉に詰まったような顔をした。
「それで……お話なのですけど……」
「なるべく手早くしてくれ」
感情に乏しい声で急かされ、ハシュリーは怖じけたようにビクッとした。おそらくこれまでそのように邪険な扱いを受けたことなどないのだろう。大貴族の姫君としてちやほやされながら、下へも置かぬよう大切にされてきたに違いない。おそらく今のこの国の若い娘達の中で、王族を除けば彼女は最も恵まれた境遇にあるはずだ。
それにしては、彼女はあまりにも内面の上品さに欠けていた。深窓の令嬢として屋敷内に閉じ込めておくことに失敗したため、あまりにも奔放で裏表のありすぎる高慢な娘が出来上がってしまったといったところか。どうやらこの国は、あまりにも改善すべき事柄が多すぎるようだった。
「私、あなたに誤解されている気がして……ギリアークのことなのだけれど。彼のことは確かに好きだしとても良い方だと思っているけれど、親の決めた許嫁で……」
グラシアスは眉間にしわを寄せた。ハシュリーが何を言いたいのかさっぱり判らない。とりあえず、言い分を聞いてやろうと黙っていた。
「彼のことは初めて出来た男友達として、大切に思ってますの。でも結婚となると、いろいろと考えてしまって。貴族の娘だというだけで何でも勝手に決められてしまうのは、私……」
恥ずかしげにうっすらと頬を染めながら、組んだ両手とグラシアスへ視線を交互に何度もちらちらと行き来させる。あからさまに媚びを含んだその仕草に、グラシアスはこの場所を選んでつくづく良かったと思った。もしも誰も見ていなかったら、即座に手を上げてその可愛らしい顔を歪ませていたかもしれない。
「嫌ならやめればいいだけだろう」
「でも、そういう訳にはいかないでしょう?」
そうやって止めるグラシアスの返答を喜ぶ自分を押し隠しすように、ハシュリーは不自然に暗い表情をしてみせた。
「何でだ。ただ一言『結婚したくない』と言えば済むことだろうが」
「貴方はカーヌ家の人といっても育ちが…特殊でらしたから、お判りになれないんだわ。貴族って、特に女なんて、自分の自由なんて何もないようなものなのよ」
自分の言葉を理解できないというグラシアスをまるで憐れむような、何もかも判ったような顔でため息を吐く。そんなハシュリーを、グラシアスは内心で何て嫌な奴だと思った。
「でもね、確かにまったく何もできない訳じゃないと思うの。最初は私も貴族の娘に生まれたんだからそういうものだと思っていたし、一回りも年の違う相手に嫁がされる子だっているんだから、私なんて何て幸せなんだろうと思ってたわ。でも、いつまでも血統だのそういう古い因習だのにこだわっているなんて、ばかばかしいことだわ」
「……」
特に肯定も否定もしなかった。油断も隙もないこの女狐のようなハシュリーには、どんな言質を取られるやら判らない。なるべく黙っているのが身のためだという気がした。
「ねえ、私だってもっと自由が許されてもいいと思わない?」
「それで? 結局そのことが俺と何の係わりがあるんだ」
グラシアスは慎重に、最低限の質問だけをした。
「ギリアークはいい人だけど、それだけで…。ただの好意では愛しているとはいえないわ。最近になって私、そのことに気づいたの。気づかせてくれたのは…貴方なのよ」
ハシュリーの白くたおやかな手が上がり、そっと美しく磨かれた爪先がグラシアスの肩口に触れた。
グラシアスは面食らった。一体何を言い出す気なんだ。
「私、本当は貴方のこと……」
(女狐め!)
グラシアスは自分の頭にカーッと血が上るのを意識した。
(この淫乱女はギリアークを裏切って、自分の餌食に俺まで加えようっていうのか!?)
さすがにこれ以上顔色を変えずにはいられず、怒りのままに立ち上がった。そうして突然立ち上がったグラシアスに驚くハシュリーを見下すと、声だけは冷ややかに吐き捨てた。
「残念ながら、俺はあんたのお粗末な――じゃ満足できないんでな」
「なっ…!」
卑猥な言葉を叩きつけられ、ハシュリーは真っ赤になって絶句した。グラシアスはそのまま向きを変え、立ち去ろうとした。
「あ、待っ……」
「そんな話なら、俺に言うのはお門違いだ。またどこぞの野郎でも捕まえて、ハイグンツの宿にでも行けばいいだろう」
それは以前ハシュリーが男と出てくるところを目撃した宿の名だった。単なる拒絶の言葉ではなく、はっきりと「お前の思惑は判っている」と示したグラシアスの言葉は、見事に的を得ていたようだ。
途端に真っ青になり、返す言葉もなく固まってしまったハシュリーに、グラシアスは今度こそ背を向けたのだった。
(それにしても……)
リーンとしてあれほど嫌っていたグラシアスを、どうして今になって誘ってきたのか。すこし調べてみる必要がありそうだった。
ハシュリーために大分時間をとられてしまった。慌ててギリアークとの待ち合わせ場所へ戻ると、既にギリアークが来て待っていた。
「すまない。遅れたか?」
「いや、大丈夫。僕も来たばかりだし」
確かにそれほど長時間は待たせていないだろうが、グラシアスは遅れたことを謝った。
ようやく並んで歩き始めたところ、グラシアスは周囲の人間達が皆して自分たちを振り返っていくことに気づいた。この国では、表立って双子が並んでいる姿を見ることなどない。中にはそっくりな兄弟もいるかもしれないが、双生児ほど似通ってはいないだろう。
グラシアスはギリアークにすまない気分になった。うかつにも自分は気づかなかったが、ギリアークはおそらくこうなることを判っていただろう。
「なんか照れくさいね」
ギリアークがそっと耳打ちする。それへ頷きながら、彼がリーンとその片割れとして見られていることを気にしていないことに心底ほっとした。
「ところでシャスは何か特に欲しい物とかある?」
「何でもいいさ。ギルがくれるものなら」
グラシアスは申し訳ないのが半分、浮かれた気分が半分で、学校の教師達などが目にしたら仰天しそうな笑顔をギリアークへ向けた。
「本当に僕が好きに選ばせてもらっていいなら、実は考えてることがあるんだ。ちょっと遠いけど、いいかな?」
グラシアスに否はない。二人はギリアークの案内の元、裏通りへと向かった。
多くの脇道を持つ曲がりくねった細い路地をかなり歩いた先に、小さな寂れた感じの館があった。黒っぽい石造りの壁に、暗緑色の蔦がびっしり生えている。二階建てで一見小さそうだが、奥行きは広そうだ。
ギリアークが呼び鈴を鳴らすと、黒いお仕着せの男が現れた。ギリアークが自分の名と何か暗号のような言葉を告げると、男は頷いて二人を奥へと案内した。
彼について館の奥へ進むと、ある一室へ案内された。ごく当たり前の居間と思われたその部屋の片隅に置かれた胸像を男が弄ると、胸像の脇に地下への階段が現れた。
『ギル、これは一体どういう趣向だ?』
グラシアスは話心術でギリアークへ訊ねた。
『実はちょっと珍しい話を聞いてね…。君はこういうのはどうかと思ったけど、どっちみち必要になるだろうから…。まあ見てみて』
何かよほどの物でもあるのか、泥棒避けの結界の張られた地下は簡単には透視することが適わない。何やら嫌な感じがしつつもギリアークが勧めるのを見もせず拒むこともできず、グラシアスは階段を降りた。
「っ、これは…!」
降りてすぐの扉を開けると、何の装飾もない真っ白な広い部屋に出た。そこを一目見るなり、グラシアスは思わず口を開けて茫然としてしまった。
そこには幼児から若者まで、実に様々な容姿をした男女がまるで陳列品のように並んで立っていた。彼らはすべて素っ裸で首に枷を填められ、虚ろな目をしていた。――この館は奴隷商だったのだ。
「魔導師ともなれば供回りの一人二人は持っておかないといけないだろう。でも君は気に入らない者はすぐに解雇してしまうし。彼らだったら自分の好みに仕上げることも容易いからね」
グラシアスは背筋に冷たいものが流れるのを感じた。グラシアスへはリーンであることなど関係ないと優しい眼差しを向けてくれたというのに、その同じ瞳でギリアークは彼らを物として見ている。
昔、自分へ向けられたことのある同種の眼差しで……。
「ここは非公式だけれど、一応合法の場所なんだ。高位の貴族達しか出きり出来ないようになっていて、それなりのものが揃っている。ほとんどが人と似て非なる『掛け合わせ』だけど、その分扱いやすいはずだよ」
ギリアークはそれまで通りの微笑みを浮かべて説明した。
「シャスが僕からの贈り物としてこの中から選ぶんだったら、雌雄で二人は揃えておくといいよ。雄は供回りに、雌は、その……君は普通に婚姻して子を成すのが難しいだろう。でも彼らにだったらその相手をさせることもできるし。無論、君が順調に昇進していけば、正式に妻子を持つことも可能になるかもしれないけれど」
グラシアスは心の中で深い溜息を吐いた。ギリアークはギリアークなりにグラシアスのことを考えてくれているのだ。人嫌いで周囲に友人も、無論恋人も、誰も心を許せる相手がいないグラシアスが少しでも生き易くなるように気遣ってくれているのだろう。
「シャスももう魔導師なんだから、それなりに『格』を身につけないと。ただ魔導が凄いだけじゃなく、この人物ならばと社会的に認められるだけの外見も整えておくべきだと思ったんだ。――余計なお節介だったかな?」
固まったまま口を開かないグラシアスを、ギリアークが心配するように見つめた。
「…あっ、いや……」
グラシアスはどう返したらいいのか正直判らなかった。
ギリアークの気持ちを尊重するならば、彼らの中から適当に身の回りの世話をさせる者を選ぶべきなのだろう。何と言っても現在グラシアスの屋敷には、食事や掃除などを手伝う夫婦の二人しか使用人がいなかった。寡黙な彼ら以外の者は、同じ屋根の下にいるだけで苛ついてしまうため、半月と保たずに辞めさせてしまい居着かないのだ。
魔導師にも色々いるが、下級魔導師でも生まれがそれなりの身分の者は、常に荷物持ちや雑用を言いつけるための小姓などを連れ歩いている。グラシアスは自分にはそんなもの必要ないと考えていたが、ギリアークは付けさせたいのだろう。
(しょうがねえ、適当に一人だけ選ぶか。ギルの期待は裏切りたくない)
「…ちょっと見て回ってもいいか?」
「ああ、もちろん!」
ギリアークはグラシアスの言葉にパッと顔を輝かせた。
グラシアスは壁際に並ぶ者たちを検分する様子でゆっくり歩いた。そこに並んだ者達は、確かに通常の人間ではなかった。昔よくリーンにも現れたという奇形の血を引いているのか、耳の先やら瞼やら掌やら、ごく細かい部分にだがはっきりと違和感を持つ者ばかりだった。
その中でふと、一人の少年がグラシアスの目を引いた。
年の頃は十を僅かに越えたくらいだろうか。抜けるように白い肌、淡く輝く銀髪に、ごく薄い緑を掃いた瞳をしている。ここに並んだ者達はどれもそれなりに美しい容姿をしているが、少年は中でもぬきんでていた。おまけに人との区別がつかない。
少年は自分の目の前で足をとめたグラシアスに、怖ず怖ずと顔を上げた。だが目が合った途端、慌てたようにすぐまた俯いてしまった。
……なんというか、とても気になった。
グラシアスの視線の先に気づいて、ギリアークが眉を顰めた。
「まさかその子にするんじゃないよね?」
「なんでだ。何か問題があるのか?」
「だってそれって……キールじゃないか」
「キール?」
知らない言葉にグラシアスは訊き返した。
「ああ、なんだ。知らなかったんだね」
ギリアークは安心した顔をした。
「いわゆる愛玩用の変異種だよ。幼年期が長くてあまり大きくならない。いつまでも可愛い姿をしているけど、その分寿命も短いんだ」
「それって……」
「悪いことは言わない、それは止めた方がいい。確かに珍しい物だけど、もっと長く使えて有能な者を選びなよ。そうでなくてもキールを持ってるなんて、外聞が悪いし」
その言葉にグラシアスはカッとなった。
「決めた。そいつにする」
気づくとそう言い、『キール』だという少年を腕の中に引き寄せていた。少年はグラシアスの力に抗うこともできず、腕の中にすっぽり収まった。
(小さい!)
なんだか可哀想になる小ささだった。おまけに不安を必死に押し殺しているのだろう、少年は小刻みに震えていた。
そんなグラシアスにギリアークは驚いたように「エッ」と叫んだ。
「なに、もしかして同情したの? でもその子は多分、純粋なキールじゃなくて掛け合わせで作られたものだと思うよ。結構需要があるからペット用に生産してるとこがあるんだ。だとしたら余計に寿命は短いだろうし、何も君が引き取ることは……」
ギリアークの言葉に、グラシアスは今度こそ本当に腹が立ってしまった。
彼らがどういう経緯で生まれ、ここにいるのかは知らないが、彼らにも人と同じ心があるのが判る。ギリアークにだってそれは判るはずだ。なのにそういうことを何の疑問も感じず、しかも彼らの目の前で口にするのか?
「いいんだ。俺は自分のことは自分でできる。どうせ大した用なんかやらせないんだから、従順そうな奴がいい」
グラシアスの言葉に、ギリアークだけでなく手の中の少年も大きな目をいっぱいに開いてグラシアスを見上げた。
おそらく少年には充分に自分の運命が判っていたのだろう。ここでグラシアスが引き取らなければ、好色な貴族や豪族に買い取られて一生を慰み者として暮らすのだ。ただでさえ短い寿命を、おそらくは全うすることもできずに……。
ギリアークが諦めたように溜息を吐いた。
「判ったよ。その子も付けよう。じゃあ……」
「他はいらねえよ」
グラシアスはギリアークの言葉を遮った。
「俺は別に召使いなんて欲しくないんだ。気持ちだけ有り難く受け取っておくよ」
「でも、じゃあ……それなら他の物を」
「何もいらない。この子だけ連れて帰れればいいよ」
グラシアスはきっぱりと言った。グラシアスがこうと決めたら梃子でも動かないのは、ギリアークにはよく判っているはずだ。
ギリアークは一つ深い溜息を吐くと、値段の交渉に入るため男の方へと向いた。
「お前、名は?」
そんなギリアークを後目に、グラシアスは少年へ訊ねた。少年は答えず、ただ首を振った。まだ名前がないのだろう。
「じゃあ、まずお前の名前を考えてやらなきゃな」
くしゃっと顔を歪めて泣き笑いのような表情を浮かべた少年に、グラシアスはできるだけ優しく映るよう願いながら微笑んでみせたのだった。
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