明け方の夢は心許なく、記憶の波間に浮かんではすぐまた沈んでゆく……。
最近、毎日のように同じ夢を見る。
時刻にすると、おそらく夜明け頃。隆(たかし)さん――おれの叔父であり、義理の父親――が、眠っているおれを無言でじっと見下ろしている。おれはベッドへ横たわったまま、隆さんの視線を感じている。
ただそれだけの夢に、おれは勝手に戸惑い、不安になり、そうしてつい仄かな期待を抱いてしまう。もし万一この夢が現実のことだったとしても、その行動の理由はおれが望んでいるような邪なことではありえないのに……。
それでも今朝の夢はちょっと進展があって、そんな些細なことが飛び上がりたくなるほど嬉しいのだった。
それまでおれを見ているだけだった隆さんが、手を伸ばしておれの頬に触れた。夢だというのに、大きな骨ばった暖かい手の感触をはっきりと感じられた。
明け方に目覚めかけの意識で見る夢は、己の願望をあらわしているとよく言うけれど……。
そんなことをうつらうつらしながら考えていると、いつの間にかノブの回っていたドアが、ゆっくりと開いていく気配にハッと目が覚めた。
見ると、遥(はるか)が枕を抱えて立っていた。遥は隆さんの娘で、おれにとっては従妹で義妹ということになる。
「どうした、怖い夢でも見たのか?」
近寄ってきた遥の頭を手を、伸ばして優しく撫でてやると、
「おにいちゃぁん……」
おれの腕にぴったりくっつき縋ってきた。
遥は、この春に小学校へ上がったばかりだ。高校2年になったおれとは十歳離れていて、こうしてひたすら慕ってくれるのがたまらなく愛しい。
「いいよ、一緒に寝るか?」
布団をあけてやると、頷いて潜り込んできた。腕枕をしてやり、安心するように軽く背を撫でてやる。いくらも経たないうちに、健やかな寝息をたてはじめた。
一年生になったのだからと、今まで隆さんと寝ていたのを自分の部屋で一人で寝るようになったのだが、まだ一人で過ごす夜は心細いのか、こうしてしょっちゅうおれの布団へ入り込んでくる。
怖がっているのを一人にするのは可哀想だし、頼ってくれるのが可愛くて、つい毎度こうして甘やかしてしまう。
そうして心地よい温みを感じながら、おれもまた浅い眠りへ引き込まれていった。
4年前、田舎へ墓参りに行ったときに山崩れで両親や親戚数名をいちどに亡くした。母の弟である隆さんも、奥さんを亡くした。
事故の原因は、無茶な森林の伐採によるものだった。
道路開発のため、周辺の土地を売り渡すようとある事業団に要請されていたのだが、墓もある代々の土地をそう簡単には手放せない。だが早々に工事を開始されてしまい、あっという間に山は丸裸にされていき、役所もあてにならない。これはもう諦めて、いい値で売れるうちに移動した方がいいだろうか…と最後の墓参りをしているところだった。
この件に関しては親戚の大人達が今も訴訟中だが、なんともやりきれない思いがする。
両親を亡くしたおれを引き取ってくれようとした親戚は沢山いた。うちの親族は兄弟姉妹がやたら多い上に、まめに行き来して非常に仲が良い。おれのことも我が子のように可愛がってくれるおじさん、おばさんが大勢いたが、結局はおれの希望で最も身近にいた隆さんに引き取られることになった。
隆さんはとても良くしてくれるし可愛い妹もでき、今の生活は幸せだ。
なのに、いつの頃からか、胸中にもやもやしたものが渦巻いて消えなくなってしまった。
隆さんの視線に目を合わせられなくなり、その言動が気になりつつ正視できない……。
おれは隆さんに恋していた。
今朝から墓参りを兼ねて、田舎へ一泊することになっていた。
起きて着替えると、おれは昨夜の内に用意しておいた旅行鞄を玄関へ置きに行った。そこへ、車の点検をしてきたらしい隆さんが入ってきた。
おはよう、とお決まりの挨拶を交わすとすぐ、隆さんが訊ねてきた。
「遥、また志生(ゆきお)のところに行ってたのか?」
隆さんは厳しい。一人で寝ると決めたからには、きっぱりそうさせようとする。
何でもそうだが、小さい子に限らずなかなかそう割り切って物事を行えるものではない。けれど、当たりの柔らかさとは裏腹にきっちりした性格の隆さんにはそれがよく理解できないようだった。
「別にまだ小さいんだし、寂しがってるのを一人にしちゃ可哀想じゃないですか」
不安そうにこちらを伺いながら廊下の向こうの洗面所へ姿を消した遥を目の端で見送りながら、おれは答えた。
「将来のことを考えると早めに一人に慣れておいた方がいい。遥はもしかすると…本来母親から得られる愛情なんかを君に求めてるんじゃないかって気がするんだ。だから、君のためにもあまり甘やかさない方がいいと思ってね」
「もしそうだとしても、おれで代わりになれるならなってあげたいですよ、おれとしては。自然と離れるときが来るでしょうし、それまで特に問題がないようだったらしたいようにさせてあげたいんですけど」
そのあと二言三言交わしてから、今朝はもう時間がないからこのことはまた後でゆっくり話し合おうということでうやむやに終わった。
時々こうした会話を交わしているが、おれは遥のことを考えるフリをして、内心隆さんのことばかり考えてしまっていた。
今朝は特に、あんな夢を見たばかりだからかもしれない。隆さんの言葉の裏に、遥がおれの側にいるとおれに近づき難くなるから、おれを見ていることが出来なくなるから――そんな気持ちが隠されているのではないかと、つい深読みしたくなってしまう。
莫迦な妄想だ。そう思いつつ、たとえ妄想でもそう感じられることに喜んでしまう自分がいることに、おれは改めて自嘲した。あんまり繰り返し同じ夢を見るから、夢が現実のように思えて仕方なくなっている。
そんなに気にかかって仕方ないのなら、自分が隆さんのところへ行けばいいのかも知れない。
隆さんはPCを使った自宅仕事がほとんどで、会社へは週に一、二度しか出勤しない。それも午後に短時間ということが多い。昼間は色々な物音がうるさくて集中しづらいと、たいてい夜通し起きて仕事をしている。
眠れないとでも言ってコーヒーの一杯もいれて持っていけば、隆さんはおれを隣りに座らせていてくれるだろう。何だかんだいって、大の仲良しだった姉の息子であるおれには実の娘である遥よりもずっと甘いのだから。
しかし、そんなことでもいざ実行するというのはなかなか出来ないものだ。
(おれって結局、隆さんに何を求めているんだろう……)
ふと自分が判らなくなる瞬間がある。
おれは別に、男が好きな訳じゃないと思う。隆さんと暮らし始めて、徐々におれはそうした意味で隆さんに惹かれて行く自分を自覚し出した。ちょうどどの高校を受験するか考えていた時だったおれは、男ばかりの環境へ行ったら何か判るだろうかと考え、私立の男子校を志望し入学した。
そうして判ったことは、やはり思っていた通りおれは別に男だから好きになるわけじゃないんだなということだった。
(別に男としたいとか、そういうことは思わないしな)
一時期自分の性癖に自信がなくなったが、こうして生徒にしろ教師にしろ、誰を見ても何も感じないということは、おれは隆さんだけを特別に好きなのだ。
やっかいだな、と思う。
単におれが同性を好きでたまたま恋した相手が隆さんだったというなら、まだ諦めやすいだろうに。隆さん以外ではダメだとなると、どうしたら良いものか……。
一人だけ、特別。不思議なことだ。