虎王君へ彼女志願 8


 それもそのはず、私は知らなかったけど彼は本物のファッション雑誌に本物のモデルとして出ていたらしい。この頃はまだ出始めで私のように常にそばにいることが出来ない人間には余り知られてはいなかったらしいけど。あとからヒソヒソ話しを思い出せば、虎王くんを知ってる女の子たちは当然のごとくその情報はキャッチしていたと思われる。
 そう、うちの会社にも虎王くんのファンはいたのである。

 女の子が七割を占める会場では、若い男であるだけで目立つ。それがこんなに背が高くて格好いいと虎王くん以外の人間に目を向けろという方が難しい。全女性社員のと言っても決して過言ではない視線を集めまくったその中で、彼は私の腰を本当にさりげなく抱いた。
 この手はいつもその場所にあるかのように。
 真正面ではなく少し横からで、並んで歩くにも体温を感じながら話すにも丁度いいポジション。どこからどう見ても長さと深さのある関係。
 彼の手が私の腰に回ったその瞬間のどよめきは一生忘れられないだろう。

、そのワンピースを着てくれたんだな。俺の見立て通りだろ」
 全くの邪気ない笑顔。見惚れていたらそのまま頬にキスされた。本当に軽く。世界中で私にしか目が行ってないような態度。もう自分に口が付いていて喋れることを忘れてしまった。
 このまま彼の腕の中で倒れてしまいそう。
 余りのことに興奮しすぎですぐには気付かなかったけど、この間プレゼントしてもらったワンピのことを初めて見るような言い方は、少し可愛い年下の彼を演じてくれているようだった。

 虎王くんは私から視線を外さない。真剣に見つめられすぎて怖くなり、夢心地の興奮が少しずつ冷めてきた。
 ちょっとだけ冷静さを取り戻すと、虎王くん以外の視線なんて感じたくもなかったけど、非常にきついものを感じてその方向へ顔を向ける。
 すると思い切り引き攣った顔をした女と目があった。
 真弓‥。
 そう、そうだわ。目的を忘れてどうするのよ。虎王くんがここまでしてくれたのよ。ここで倒さずいつ倒すのか。

「あ、あのね。会社の同期なの。紹介するね。この子が真弓」
 心の決意とは裏腹に、虎王くんの顔を見れば汚い心が引っ込んでしまう。こんなに可愛い自分がどこにいたのかと不思議になるくらい、しおらしくなってしまう。
 彼は真弓をジッと見た。
 その瞬間、真弓も私と同様にビームで焼かれたのが分かった。あの、嫌みな女がよろめいて後退ったのだ。
 もうそれだけで勝ちだと思った。心の中でガッツポーズをとってしまった。

 紹介された虎王くんが真弓に何かを言おうとしたら、会場の前の方から重役軍団がやってきた。
 虎王くんも目立つが、オヤジの集団も目立つ。嫌でもそちらに注目してしまう。
 でも虎王くんはまったく気にならないのか、真弓に向かって挨拶をした。
「初めまして。都築虎王と言います。がいつもお世話になってます」
 薄い、でも極上の笑みを浮かべた虎王くん。世界中に敵う男はいない。
 真弓は完璧に昇天していた。きっと頭の中は真っ白だったんだろう。虎王くんが勿体なくも差し出した手を取ることも出来ず、口を開けっ放しにしたままで固まっていた。

 真弓が正気に返る前に重役集団はなんと虎王くんのそばで整列し、声をかけてきた。
「すいません、お出迎えもせずに。本日は社長の代理でいらして下さったのでしょうか」
 恵産食品代表取締役‥要はうちの社長だ。うちの会社だってこんなところでパーティーが開ける程には大きい。その社長が最敬礼で虎王くんに挨拶するなんて。どういうことだろう。
「今日は会社とは関係なしで、恋人に呼ばれて来てるんだ。無粋な真似は止めて欲しいな」
「申し訳ありません。都築社長には並々ならぬご厚意を受けており、気付いてしまった以上素通りするわけにもいかず」
 社長は汗をかきつつ言い訳をする。
「今回は会社とは何の関係もないから、知らなかったことにしておいてくれないか」
「いっいえ、そう言うわけにはいきません。どうか都築社長にはよろしくお伝えください」
 重役&取締役軍団は社長を筆頭に挨拶しつつ、名刺を渡した。それだけで七人いたのに、引き続いて取引先の会社の偉いさんまで来てしまった。う〜ん、どうしようもない。
 でも凄いな。重役でも取締役が相手でも全然見劣りしないって言うか、それどころかそんな人を傅かせるのが似合ってるって感じ。将来の社長だもんね。
 そっか、都築コーポレーション。うちの資本金の半分を出してると聞いた気がする。潰れそうになって、それまではうちが輸入してきた食品を買っていたお客だったのだけど、立場が逆転してしまった。今では仕入れた商品をさばく小売店のような立場にいる。

 都築くんがあからさまに嫌そうな顔をしたのが効いて、十分ほどでオヤジ軍団は解散した。でも最後まで残っていた社長に一つだけ注文をつけた。
 それは人事部長が誰かと聞いたことだった。
 社長は大慌てで人事部長を呼び付け、虎王くんの目の前に立たせる。
 虎王くんは私を初めて見たときのように値踏みすると、挨拶出来てよかったと言う。社長も部長も訳が分からず、引き攣った笑みを張り付かせて帰って行った。
。俺が色々と言うことは出来るが、自分のことは自分で勝ち取れ。この俺をここまで動かしたように。思いが強ければきっと大丈夫だ」
 ああ、私は凄さに圧倒されてなんにも考えられなかったのに、こんな中でも私が企画に行きたかったことを覚えていてくれたんだ。
 きっとこれで転部願いを出せば、都築くんの恋人ってことで多少の甘さは加わるだろう。
 ありがとう。本当にありがとう。

「さて、最後の仕上げといくか」
 パチリとウィンクされて心が弾む。お互いに微笑み合って真弓に向かった。
 固まっていたはずの真弓はオヤジ軍に救われて元に戻っていた。
 途中ですいませんでした、なんて殊勝なことを言いながら虎王くんは真弓と握手を交わす。
「真弓がなにか言いたいことがあるんですって」
 真弓はビックリして私の方を縋るような目で見てきた。でもここでギャフンと言わせておかないと、後からまたうるさいことを言われても困る。
「大学は東京の有名大学を出なきゃいけないんだって」
「そうなんですか。なんせ受験勉強ってものを一度もしなかったものですから。近所の国立とだけ決めてそこしか受けなかったんですよ」
 ニコリとする虎王くん。
 凄いなぁ。受験勉強しなくても国立に入っちゃうんだ。おまけに滑り止めなんて必要なくて確実に入る予定だったわけね。

「会社はいいよね。充分有名だし、今は学生でも全然問題ないもん」
「将来は都築コーポレーションに入社するかもしれません」
「都築コーポレーションなら文句ないよね?」
「えっ‥ええ」
 もう真弓は答えるだけで必死だ。
「将来は社長って決まってるし。今がどうこうなんて関係ないよね? 年下でも全然いいでしょ?」
「そっ、そうね‥」
「年下ってダメなんですか?」
 虎王くんに改めて聞かれて真弓はよりいっそう焦る。
「うん、さっきね。虎王くんのこと話したら年下なんてね、って言われたの」
「そっそんなこと言ってないでしょ。もう、ったら虐めないでよ」
 な〜にが虐めないでよ、なのよ。散々虐めてきたのはそっちじゃない。

「それからね、スーツはブランドものじゃないといけないんですって」
「すいません、俺って吊しでいくらってものは着れないんですよ。サイズが合わなくて。これもこのパーティーに合わせて作ってもらったんです。でも頼むのが遅くなってしまったので、かなり慌てさせてしまいました」
 少し前を開けて見せてくれる。内ポケットの辺りにはネームが刺繍してある。綺麗な触り心地の良さそうなカッターシャツも全てが虎王くんの身体にピッタリフィットしていた。
 吊しではなく、オーダーメイドの一点もの。手を挙げても肩が浮いたりなんてしない。どう見てもブランドものの生地より良さそう。微妙な光沢が贅沢な一品だと告げる。
 それをさらりと着こなせる体格。本当に素敵。おまけに虎王くんには英国の紳士を思わせる品がある。
「ダブル‥なのね」
 ああ、そうか。なんかレトロっぽいっていうか、紳士なんて言葉が出て来ちゃうと思ったら、ダブルなんだ。今はどこを見てもシングルばかり。若い子は三つボタンって決まってるのに。
「流行には付いていけなくて。シングルは動けない気がして好きじゃないんですよ」
 ううん、この肩幅があればこそ。ダブルは最高に格好いいわ。でも下手をすればどこのマフィアかとも思えそう。内心、にやりとしてしまった。

 そして説明していて手を挙げた時に見えてしまった腕時計。普段はしてないと言っていたのに、機能に忠実そうで虎王くんに似合ってるものが巻いてあった。
 ブランド大好きらしい真弓が見逃すはずがなく。
「それはどこのブランドの時計なの」
 早速質問がきた。けれど知らないブランドなのかな。確かに光り輝くような感じではないな。
「ランゲ・アンド・ゾーネというドイツの時計で、裏が見えるのが楽しいんですよ」
 そう言って時計を外すと裏側を見せてくれた。細かい歯車が所狭しと並んでいる精密機械がガラスの中で動いている。こんな見えないところで中を見せてるなんて。普通にはめていたらまったく気付かない。
「いくら‥くらい‥するの?」
 その精密さが高そうな予感。
「さあ、詳しくは知らないけど五〜六百万じゃないかな」
 ひー、六百万‥。高い時計なんてロレックスしか知らないけど、充分対抗できるわ。キラキラのミーハーなブランドじゃないのが虎王くんらしかった。この値段を聞けば真弓も満足でしょう。

「残念ながら私からなんてプレゼント出来ないのよね」
 虎王くんにくっついた状態で溜息を付いてみせる。貢げ、なんて言ってたけどそんな必要はないのよ。
「何を言ってる。プレゼントなんて男がすればいいんだよ」
 そう言いながら拳で私の頬をスリスリする。
 ヒャー、もうたまんない。こんないい男がベッタリなのよ。真弓だってぐうの音も出ないでしょう。
「しょっ‥将来は社長夫人ってわけね。素敵な人を見付けておめでとう」
 ジッと目を見た私に向かってまだ足掻いてる真弓が少し哀れになってきた。

「その言い方は少し間違ってます。社長の息子だと言うことは俺自身のアピールポイントではないですから」
「そっそれじゃ何が?」
「それはこれだけに惚れてると言う点でしょう」
 それから虎王くんは私に向かってとんでもない台詞を吐いてくれた‥。
‥、愛してる
 ひー、一体どこまでしてくれるのか。マジで私が倒れちゃうわ。
 すっかり真弓のことが頭から飛んでいってしまい、うっとりと虎王くんに見惚れる。この瞬間、人生で一番幸せな時だと感じる。
 でも誰にも分からないよう、脇腹をつつかれて我に返る。
 そっ、そうよ。トドメを刺さねば。

「本当はね、彼はこういうところには出て来たくなかったの。分かるでしょ? あなたが彼氏が見たいって言うから」
「わっ‥分かったわ。充分よ。こんな素敵な彼がいるなんて知らなかったから」
「そう、分かってくれたならいいわ。これからもう絡まないでね」
「かっ、絡んでなんていないじゃない」
「絡んでるじゃない。いっつもいっつも、嫌みばっかり言って。配送部に行ったことだって、トラックの運ちゃんだって言うじゃない」
「そっ、それはあなたが悪いんじゃない」
「なんでよ。私がいつあなたに意地悪したのよ」
「したじゃない!」
 ええーっ、こんなに耐えてきたと思っていたのに、どうして私が意地悪したことにされちゃうわけ。

「配送部にしかいい年頃の男がいないんだろう?」
「ええ‥」
 間に割って入った虎王くんは全然関係ないことを言い出した。一体何が言いたいんだろう。
「さしずめ、自分の好きな男とが一緒にいるのが気に食わない、ってところかな」
「だっ、だって彼氏いるじゃない」
「二番手か三番手。もしくは仮の彼氏」
 すると真弓はついに泣き出してしまった。
「そうよ、悪い? お兄ちゃんの友達に頼んだのよ。この人は彼氏でもなんでもないわ。ばっかりどうしてそんなにいい思いしてるのよ」
 どっ、どうしてそんな話しになるのか。どれだけ私が企画へ行きたかったか、あんたも知ってるでしょう?

「私とは同期で、入社試験も順番が隣同士で面接の時に仲良くなったよ。美味しい物を作りたい、って言ってたはキラキラしてて、私も一緒に働きたいって思ったの」
 そうよ、私だってすぐに仲のいい人が出来て嬉しかったんだから。
「そうしたら、は私を裏切って一人だけ配送部に行っちゃったのよ! 面接で運転が好きだって言ったんだって」
 裏切ってなんていないってば。好きで配送部に行ったんじゃないってことはあんたも知ってると思っていたのに。そりゃ運転が好きとは言ったけど‥。
「企画に入ったのはその年は私一人で、ここって平均年齢が高いのよ、とにかく。どれだけ私が先輩たちに虐められたか」
 えっ‥そうだったんだ。女の園ってやっぱり大変なのね。
と言えば男ばかりの中でちやほやされて嬉しそうに通勤してるのに、私は神経すり減らして必死になって先輩の機嫌取って」
 涙に濡れた顔で睨まれて身体が引けた。

は男が欲しくて配送に行ったのかと思ってた。おまけに私の好きな人ともいつもいつも一緒で」
「もっもしかして‥権田くん?」
 その名前が出た途端、嫌みな顔しか思い出せなかったけど、昔に見た可愛い顔が出て来てハッとした。
「だから‥裏切り者‥なの」
「そうよ、どうみても裏切り者でしょう」
 ああ、私は自分ばかりが不幸な気がしてたけど、全然そんなことなかったんだ。きっと二人で企画に行っていたら、一緒に耐えて、一緒に反撃できただろう。そして一緒に配送部の男の子を眺めて騒いでたんだろう。
「ご‥めん。ごめんね、真弓」
 真弓の言うとおり、私はもの凄い裏切り行為をした気がしてきて、それに真弓の苦労が一気に理解できて、涙がボロボロとこぼれてきた。
 二人で抱き合って、一緒になって泣いた。

「ごめん、ほんとごめんね。でも今でも企画へ行きたくて仕方ないの。配送部は希望した訳じゃないのよ。それだけは分かって」
「うん、ごめん。こっちもごめん。ほんとは分かってた。でも悔しくて妬ましくて、どうしても恨まずにはいられなかった。そしたらの顔を見るたびについつい要らぬ言葉が出ちゃって」
「私も企画へいけれるよう頑張るから、これからは一緒に戦おう」
「うん‥うん」
「それで配送部所属の強みも生かそうよ。権田くん、彼女いないらしいから、合コンでもしよ」
「うん‥。ありがと」
 お互いにひとしきり泣いて、それで私たちの五十周年パーティーは終了した。
 せっかく気合い入れたメイクがグチャグチャになったのは言うまでもない。
 でもそんなのは些細なことだ。私たちはこれから友達だ。

 会場を後にして虎王くんの車に乗せてもらった。
「虎王くん、ありがとう。まさか真弓に羨ましがられてるとは思わなかった。どうして分かったの?」
「まあ、訳の分からぬ攻撃を女から受ける場合、大抵が男絡みとみて間違いないからな」
「いつから分かってたの」
「そっちの詳細を聞いたとき」
 そっそんな‥。虎王くんは最初から分かっていてあんな茶番に付き合ってくれたんだ。もしかしたら虎王くんの会社中に彼女がいると伝わるかもしれないのに。
「どうしてそこまでしてくれたの?」
「ちゃんと交換条件出したぞ。そっちはそれだけの代価を払っただろう。それには面白かった。人が気付かないことに気付くのも興味を引いた」
 セックスをそれだけ高いものとしてとってくれるなんて。なんだか本当に信じられない。
 でも‥これでさようならするのも信じられない。
 うちまでの距離がもの凄く短い。
 あっと言う間に付いてしまった‥。

「それじゃまたな。またなんか面白いことがあったら言ってくれ。それから俺が彼氏と発表してしまって困ることが出来たらまた連絡してくれ」
「もっ、もう‥会えないの?」
「また大学で会えるだろ」
「そうじゃなくて、こうやって二人では」
「今日で契約終了だからな」
 現実が突き付けられて頭が痛い。この‥この虎王くんをもう見れなくなる‥なんて。
 どうしよう、どうすればいいの。
 私はまたつなぎ止めようと必死になっていた。
「いやっ、本当の彼氏になって。虎王くんが好きです」
「それは無理だな」
「それじゃ一ヶ月」
「一ヶ月、長すぎるな」
「あと十日、ううん一週間」
「一週間、それなら条件によっては飲んでもいいぞ」
 虎王くんはまた、背中が寒気でゾッとするほど悪人の笑みを浮かべたのだ。

 私は都築虎王という麻薬に手を出してしまった。
 中毒患者はそう簡単には断ち切れない‥。

終わり

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 いらっしゃいませ。みなさま、先輩の彼女になって下さって有り難うございました。
 いかがでしたでしょうか。先輩の彼女は。こんな素敵な人が本当に彼氏になってくれたら、見せびらかしたくて仕方ないか、反対に誰かにとられるのが嫌でしまっておきたいと思うのか。どちらにせよ虎王先輩、いいなぁ。(笑)
 先輩ファンのみなさまは是非とも先輩ファンクラブへご入会下さいね。
 書き始めてからなんと5年もの歳月が過ぎ去ってしまいました。筋は最初から決まっていたので内容に変化はないのですが、相当にお待たせしてしまいました。(^^;;;
 本文中太字の先輩の台詞は、当時先輩に言われたい台詞をリクエストで受けていたんです。その時リクエストをしてくれた方が今も来て下さっているかどうかは甚だ疑問と不安に思うところですが、なんとか書き上げましたのでご堪能頂ければ幸いです。(^^)
 え〜、最初から来て下さった方。本当に長らくお待たせしました。すいません。この連載途中に続きが読みたいアンケート取ったら、この作品は一票も入らなくて意気消沈してこんなことに‥。とにかく完結できてホッとしてます。
 感想などあればゲストブックへ書き込みしてくれると嬉しいです。
 これからも花の男子工分校をよろしくお願いします。

 それからこの作品はお嫁に行く友達にも捧げます。先輩とどうなるのか分からないと安心して嫁げない、と言われてしまったので。(^^;;;
 これで安心してお嫁に行って下さいますでしょうか。
 結婚おめでとう。末永くお幸せに。
07/01/15 龍詠