愛、憎贈増

 ちょっと待て。俺にそれを着ろというのか。
 今日は成人式。朝から家の中は騒然としていた。
 成人するのだと、大人になる節目だと、いつも忙しい親父まで一緒になって母親と騒いでいる。
 俺は普通にスーツで出るつもりだったのだが、母親が虎王の時に用意した紋付き袴を着せようと企んでいたのだ。
 そりゃ俺だってそれが望みと言われれば、着てやりたいとも思う。だが、最近のニュースで取り上げられる成人式でバカをやる連中。必ず色つきの紋付き袴を着ている。あんな連中と一緒に見られてはかなわない。
 ガッカリする母親には悪いが、やはりスーツで行こうとカッターシャツに手を通した。

 そこへ玄関から冬哉の声が聞こえてきた。
「先輩、見て見て。どう? 格好いい?」
 妙にはしゃいでいるのが声の調子からも分かる。中学の友達にも大勢会えるのが嬉しいのか、単純に成人式が楽しいのか。俺は冬哉ほどは楽しいとは思わないが、人生の1つの到達点であり、出発点でもある行事なので、それなりには楽しみにしていた。
 俺の両親にも捕まって中々2階には上がってこない。しばらくして俺がスーツを着終わった時にようやく虎王と一緒に上がってきた。
「冬哉‥」
 上がってきた冬哉を見れば、なんと白の紋付き袴姿。
「どう、狼帝? 格好いい?」
 ニコニコとして、普段は着ない和服が楽しそうだ。
「あっ、ああ‥」
 俺は和服の冬哉も好きだ。和服での正装とも言える紋付き袴は酷く色っぽかった。
「なあに、狼帝も虎王先輩みたいに七五三って言うんじゃないだろうね」
 しっかり返事をしない俺に冬哉はちょっとだけ不満そうな顔をし、だがそんな些細なことは気にしてられないようで浮かれている。

「狼帝はスーツなの?」
「ああ」
 気のない返事をした俺の代わりに虎王が口を挟む。
「お袋は狼帝にも和服が着せたかったんだが、どうしても嫌だって駄々こねるからな」
「なにが駄々なんだよ」
 いつまでも子供みたいに扱うなよ。
 お兄ちゃんは着てくれたのに、と嘆く母親も昔のことを思い出していた。俺はなんでも虎王の真似をしたがったから。だが、いい加減に虎王とは切り離して考えて欲しい。
「先輩も格好良かったよね。狼帝も着たらいいのに」
「いや、俺は目立たなくていいから」
「えーっ、でも俺と省吾と啓介と3人で合わせて紋付き袴なんだよね。狼帝、1人だけ仲間外れだって拗ねないでね」
 うっ、お前らみんなで紋付き袴なのか。仲間外れだという言葉が痛いが、こいつら何をしでかすか分からない。それと同じだと思われるのも遠慮したい。
「拗ねるななんて。冬哉まで俺を子供扱いするのか」
「だって狼帝ってそう言う所は凄く子供っぽいもん」
「確かにな」
 冬哉に断言されて、虎王は吹き出すのを堪えている。

 俺が怒る間もなく冬哉の携帯が鳴った。
「ああ、省吾? えっ、あ、ごめーん。今から行くね」
 短いやりとりを交わし、俺にひと言残していく。
「狼帝も紋付き袴で来てね。省吾たちも期待してるって。白、青、ピンクだから、黒が揃うと完璧なんだよね。約束したよ」
 誰も約束なんてしていないのに、勝手にそう言い放つと冬哉はあたふたと出ていった。
「なんだ、一緒に行かないのか」
「聞いてただろ。冬哉は俺が着替えてくると信じてるんだよ」
「本当にお前は冬哉に弱いな」
 虎王は心の底から楽しそうに笑うと、母親に報告に行った。
 もの凄く嬉しそうな母親が上がってきて、嬉々として着付けてくれたのは言うまでもない。

 成人式は町の会館で行われた。男子の和装は俺たちのグループの他は、例のニュースになりそうな奴らがいたのだが、虎王たちバレー部OBが警護するように取り囲んでいたので、大人しかった。一体どんな手を使ったんだか。
 式典が終了すると、派手なお笑いバンドみたいな4人で並んで写真を撮る。虎王が家の撮影係として来ていたのだが、当然のように冬哉の両親も揃って来ていて。
 もういい加減に勘弁してくれ、と言いたくなるほど写真を撮られた。それからまだ冬哉はあちらこちらのグループに引っ張られて、一緒にカメラに収まっていた。
 俺は虎王たちが来てることも手伝って自然と集合したバレー部の連中と一緒だった。冬哉も中学のバレー部は一緒だったのだが、省吾の成人式ライブへ行くと言って別れた。

 バレー部はみんな仲が良く、虎王が昼を奢ることになって半分以上が来ることになった。残りの半分の奴らは彼女と約束があるらしい。
 駅のそばのこの辺りでは一番大きな店へ行くと、ほぼ乗っ取り状態で相当な騒ぎになった。俺たちだけじゃなく、ボランティアで警護役をしていた虎王たちの代もいたので20名ほどの大所帯となって収集が付かなかったのだ。
 堂々と酒が飲めるようになったので、羽目を外しすぎたかもしれない。
 そういう俺も冬哉と離ればなれになってしまったので、面白くなく、飲まないと誓ったばかりだというのに泥酔するほど飲んでしまった。
 冬哉は俺と離れても平気なんだと思うと胸が掻きむしられるほど騒ぐ。省吾たちと一緒の方が楽しいのは分かる。俺は遊べないし騒げないから。だが、誘ってくれてもいいのに。
 前のライブの時に自分がしでかしたことを棚に上げて冬哉を恨む。こちらの想いが大きければ大きいほど、寂しさは憎しみにも近いものに変化していく。
 俺は友達の位置でも一番にはなれないのだろうか。
 冬哉‥。俺を置いて行ってしまうな。

 酒には弱いくせに、この気分が耐えられなくて自分でガンガン注いで飲む。面白くない奴だとみんなが知っているので話しかけられない分、余計に飲む時間があった。
 冬哉がいないと繋ぎの役がおらず自然と1人になってしまう。ただ、冬哉がいなければどこでも1人の方が気楽なので、無理に構ってくれない方がいい。
 バレー部のみんなも俺を避けている訳ではなく、俺が気楽な方へと気を使ってくれているのだ。


 散々飲んで、気が付いた時は酷い頭痛で次の日だった。

 気持ちが悪くて明らかに二日酔いだった。下へ降りると母親が顔色が悪いと心配する。
 二日酔いに効くと梅干しを入れたお茶を出してくれた。
 母親が言うには俺はベロンベロンで、虎王に抱きかかえられるようにして帰ってきたらしい。
「冬哉くんとケンカでもしたの?」
 俺と冬哉は滅多にケンカしない。俺が冬哉に怒ることがないから、普通の友達関係よりはそれだけで回数が半分になるだろう。そして俺に対してという訳ではないが、冬哉自身も滅多に怒らない。
「いや、冬哉とはケンカにならない。でもどうしてケンカしてるなんて思うんだよ」
「だって、狼ちゃんってばずっと、冬哉のバカヤロウってブツブツ言ってたから。覚えてないの?」
 うわ。そんな情けないことを喚いていたのか。どうにも酒が入ると未熟さを晒してしまう。
「全然覚えてない」
「でもケンカしたんじゃなかったら、どうして冬哉くんのことをバカヤロウなんて‥」
「さあ、酔っぱらっていたから何が面白くなかったかなんて自分でも分からない」
「じゃあお兄ちゃんの言った通り、大したことじゃなかったのかしら」
「ああ、心配かけてごめん。浮かれて酒を飲み過ぎただけだから」
 ホッとした顔を見せると、何か食べた方がいいと言う。
「冷たいおうどんくらいなら食べられない?」
 それなら少しは食べられそうだ。

 頭痛と闘いながらうどんを啜っていると、玄関から頭に響く大声が聞こえてきた。
「狼帝、写真出来たよー!」
 何の断りも遠慮もなくずかずかと入り込むと、冬哉は勝手に2階へ上がろうとする。
 それをこちらへ呼び止める。
「なあに、冬なのに冷たいうどんなの?」
「それが狼ちゃん、二日酔いなのよ」
「ええ〜、狼帝、また飲んだの?」
 冬哉は俺が酒に弱いことを知っているので、一緒にいれば止めてくれるのだ。
「冬哉が‥いなかった‥から」
 飲みたくないのに飲む羽目になった原因に責められて、やはり面白くなく返事にトゲが含まれてしまう。
「やだなぁ、狼帝。やっぱり子供みたいだよ。俺がついてないとダメなんだから」
 冬哉は自分が頼られていると知って、やけに嬉しそうに俺の背中をポンポンと叩く。
 俺も冬哉に、一緒に居てくれると言うような意味を含んでの返事をもらえて、気持ちが少しずつ晴れていく。
 俺はこのとき、母親がいなかったら、抱き付いて冬哉の胸に顔を埋めていたかもしれない。
 俺の隣りに立っていた冬哉は、母親にうどんを勧められて一緒に食べることになる。

 頭痛のクスリを飲んで、冬哉が持ってきてくれた写真を見た。虎王が写してくれた分は虎王が現像に持って行ったらしい。
「4人で紋付き袴なんて凄く派手ね」
 母親が感心すると、冬哉は喜んでちょっと得意げに写真の説明をしだした。
 冬哉が白で、俺が黒。2人並ぶと白と黒で中々似合ってると思う。
 でもそこへ省吾のピンクと桐谷の青が入ると、一気にお笑い芸人へと変貌する。まあ、これもいい思い出か。
 俺と2人の写真も相当の枚数があったが、他の2人や、女の子とも沢山写っていて、少しムッとする。

 だが、冬哉の腕に付いている物に気が付いた。
「あれ、冬哉‥。この腕時計って」
「狼帝、やっと気が付いてくれたの? もうそろそろ時効かなと思って。せっかくの記念日だからね、付けてみた」
「だけどお前‥。省吾には見せられないと言ってただろう」
「うん、省吾にはやっぱり羨ましがられちゃったけどね。時効でしょ?」
 ニッコリと笑いかけてくれる冬哉を思い切り抱き締めたかった。

 その腕時計とは俺が冬哉に贈ったものだった。
 中学3年の時に、冬哉の好きなバンドが解散することになって、その記念に限定千個でバンド名とマークの入った時計が売り出されたのだ。もちろん時計だけではなく、色々な物が記念グッズとして販売された。
 アメリカのバンドだったので、日本の中学生の手の届くものではなくて。
 冬哉は時計ではなく、ピンバッジでいいから欲しいなぁ、と雑誌を見ながら省吾とため息をついていた。
 冬哉は省吾に影響されていて、省吾が好きなバンドは冬哉も好きだった。同じ趣味で2人は余計に仲がいい。
 俺はその仲に入れないのが焦れったくて、冬哉に喜んで欲しくて、アメリカへ出張が決まった父親に買ってきて欲しいと頼んだのだ。
 当然だがそんなレアものが簡単に手に入る訳がなく、親父は自分のコネを駆使して買ってきてくれたのだ。

「あら、この時計。狼ちゃんが欲しいって騒いでいたものかしら。お父さん、ほんっとに苦労して手に入れたのよね。でも狼ちゃんが欲しがるなんて珍しいから頑張ったのよ」
「え、そんなに大変だったの? 俺、そんなのもらっちゃってよかったのかな」
「ううん、いいのよ。うちの息子たちって寂しいくらい欲しい物がなかったから、お父さんも喜んでたのよ」
「どうも有り難うございます」
 冬哉はそこで気が引けるとか、もの凄く悪いと思うとか、そんなことがない。贈っても贈られても気持ちの良い相手なのだ。

「だけどなにも成人式で付けることはなかったのに」
 その時計はパンクバンドだけあって、外形がガイコツを象っていた。普段には使えない代物で、和服にだって全然似合わない。何故昨日は気付かなかったのかと首を傾げるほど目立つのに。
 昨日は俺もやはり浮かれていたのか。冬哉のことに気付かないほど。
「うん、でも普段に使えないし。狼帝と省吾が一緒になることも滅多にないし。せっかく狼帝がくれたのに、省吾の手前、付けられなかったんだから、その省吾に見せて責任取ってもらおうかなって」
 中学の子供の頃ならケンカになっていただろう。だが冬哉はそれをもらったとき、喜ぶ前にまず謝ったのだ。
「ごめん、狼帝。これ、すっごく嬉しいけど付けられない。省吾が泣くと思うから」
 普通の子供なら見せびらかしてもいいと思うのだが、冬哉は本当に優しい奴だったから。
 俺は自分が喜ぶことばかり考えていたのに、冬哉は省吾のことまで考えていて。その思いやりの違いにショックだった記憶がある。
 今なら省吾も笑って、羨ましいと騒いだだけだろう。

「だっだけどね狼帝。これは愛を受け入れるとかそんなんじゃないからね」
 赤くなって何を言うのか。
「でもほんとに狼帝の気持ちは嬉しかった。ありがと。今はケースに入れて部屋に飾ってあるんだ。もういつ省吾が来てもいいから」
 昨日‥、あれだけ冬哉のことを恨んだのに、今日は省吾よりも俺を取ってくれて泣けそうになる。
「冬哉、部屋へ行こう」
 どうしても、今抱き締めたい。冬哉に触れてその体温を確かめたい。

 自分の部屋へ連れ込むと、すぐに抱き締めてキスを迫った。
「だっだから、愛を受け入れるとかじゃないって言ったでしょう」
 俺の腕の中で顔を背けて抵抗する。
「分かってる。でも俺も嬉しかったから」
「うっうん‥。ごめんね。狼帝にも嫌な思いをさせちゃったよね」
「いや、いいんだ。俺も考え無しだった。もうそのことはいいから、今はキスさせてくれ」
「だっだから‥」
 まだ抵抗したそうだった冬哉の口を口で塞いだ。
 この腕時計が俺の手に届いたのは2月13日。そして一日でも早く冬哉の喜ぶ顔が見たかった俺は、何にも考えずに2月14日に冬哉に渡したのだ。
 冬哉はちゃんと男で、普通に女の子が好きなのでバレンタインだと言うことはしっかり意識していて。
 虎王のチョコ目当てで遊びに来ていた冬哉に渡したので、凄くビックリされたのだ。
 おまけにその場にいた虎王がいらぬことを付け加えた。
「冬哉、それが欲しかったら狼帝からの愛を受け入れないとダメだぞ」
 即、その場で虎王の言ったことを否定して、そんなことは関係無しにプレゼントしたかっただけだと説明したのだが、冬哉は何か引っ掛かっていたのだろうか。
 その割りには俺の思いに気付くことがない冬哉。
 それともこの腕時計と引き替えに出来るくらいの量の愛情と言うことなのか。少量ずつなら受け入れてもらえるのなら、プレゼント攻撃でもって全部を受け入れてもらうまで贈るのに。
 ああ、だがその少量ですらたった今、否定されたんだった。

 拒否されたことに衝撃を受けるはずなのだが、冬哉の舌を絡め取りながらなのでダメージは微塵もなく。
 冬哉が酸欠になるまで口付けは続いた。

 俺の冬哉への想いは、本人によってどんどん増幅されていくのだった。

終わり


 今年のバレンタインのリクエストは白葉さんから頂きました!
「狼帝君から冬哉くんへ 何か愛情のこもったアクセサリー系」というリクだったのですが、冬哉くんは、というか、男性がアクセサリーを付けるということは余りないと思うので、腕時計で許してもらいました。本当は指輪とかをご希望だったのかもしれないですが、それを限定してしまうと私が困るだろうと幅を持たして下さったんだと後から思いました。すいません、そして有り難うございますv
 狼ちゃんは冬哉くんに思いを伝えようとは考えてないので、バレンタインに直接動くことはなく、正直ちょっと困りました。(笑)
 なので今年成人式なので(成人式がどうだったのか知りたいとの声もありましたので)そちらの模様をお送りしました。あまりバレンタインに関係なくてご免なさい。(^^;;;
 一日遅れですが、素敵なバレンタインを過ごすことが出来たでしょうか。
 狼帝くんはきっと、今後バレンタインを迎えるたびに、この腕時計のことを思い出して、幸せな気分になることでしょう。
 白葉さん、どうも有り難うございました!!
 
2005年2月15日。龍詠

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