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もしかして俺は試されているのか?!と一護は心からそう思った。
目の前にあるのは透明な中身が透けて見えている袋と最愛の彼女。ちなみに透明な袋の中身は彼女がいうところではバレンタインチョコである。
事実そうであるのだとは思う。昨日の夜から明け方に掛けてわざわざ手作りしてくれたらしいなごりで一人暮らしの彼女の部屋には甘い薫りが残っている。
が、しかしゆえに危険だった。何しろ彼女は『井上織姫』、うどんとあんみつを同時進行で食せる女である。過去に数度食事を作ってくれたことがあったのだが、美味しい時はそれこそとことん美味しいが、まずい時はほんとうにとんでもなく、信じられないほどまずかった。それを平気で食してる姿に幾度びっくりするのを通り越して感動してしまったことか。
そしてゆえに発達してしまった本能が今、このチョコレートは危険だとすかさず激しく訴えている。これを食べてしまったが最後天国にいかされてしまうに違いないとそう訴え続けているのだ。
だが『頑張って作ったの。1つ食べてみてvv』と言われた以上、食べないわけには絶対いかない。頬を赤くバラ色に染め、潤んだ瞳で見つめてくる彼女のお願いを『ヤバそうだから』と断るなんて男として失格だ。途端に『嫌い!!』と激しく絶叫され、部屋からたたき出されても文句は言えない乱行だ。
だから一護は覚悟をきめて1つ食することにしたのだが、手を伸ばした袋の中にあるチョコレートの包みも少し奇妙なのだ。
もうほどいてしまったがピンク色のリボンがかかっていたそれの中には合計20個ほどの一口サイズのチョコレートが綺麗にラッピングされている。不器用だが同時に器用な彼女らしい丁寧な梱包だ。だがその中に1つだけ異質な物が存在するのだ。それがどう異質かといえば、ほかのチョコレートを包んでいる包みが銀色のクシュクシュなアルミホイルなのに対し、そのたった1つだけが赤いアルミホイルなのだ。
そうなれば人間心理というもの、たった1つ赤いそれが他のどれよりも、何より気になる。しかし同時に先ほどから反応しつづけている本能がその包みこそが危険だと切々と訴えてきてもいるのである。
だがそれでも一護はそれを口にしなければならないらしい。というのは『1つ』という言い方で織姫は味見を頼んできたが、袋の中に手を伸ばしその内の1つを取ろうとした動作中、彼女の表情が目まぐるしく変わっているのだ。赤い包みに触れたときは輝かんばかりの最高の笑顔、そしてそれ以外に触れた時には何だか少し残念そうな、失敗したといったカオに。
だとすれば赤い包みを食べねばなるまい。もしかしたら流れからすれば居酒屋なんかでありがちな、1つだけ激辛とうがらしが入っている『ロシアンチョコレート』なのかもしれないが、それがわかっていてもなお彼女の期待に応える為に身体を張ってみせるのがそれが男というものだ。
だから一護は思いきって赤い包みのモノを口にした。途端口の中に広がったのはチョコレートの甘味と珍妙な味。表現することも出来ないような辛味酸味苦味にくわえ、チョコレートとしてはありえないような質感と触感が舌だけでなく全身に突き抜けてくる。
つまりこれが意味する所は、彼の直感が大正解だったということだろう。ある程度予測して、覚悟を決めて口にしたから踏み止まって意識を失わずこの場に座っていられるが、普通のチョコだと思って口にしていればその場で卒倒しかねなかったほどなかなかに強烈なフレーバーだ。
とりあえずこうなれば人間の本能としてすることは吐き出すかもしくは水で流し込んでなかったことにするかどちらかである。そして今の状況で前者は不可能なのだから、できるのは後者それのみである。
だから一護はそのままでは嚥下することが出来ない物体を流し込む為に水もしくは何か飲み物を求め視線をさまよわせてしまったのだが、それら何らかの液体にたどり着くその前に、織姫の視線に会ってしまった。
「ねっ、どう?黒崎くん。美味しい??」
そう、すこし上目遣いに覗き込んでくるカオは明らかに何らかの期待に満ちていた。
だから勇気と根性だけでなく命の一部も振り絞り、一護は精一杯の作り笑顔をこしらえながら織姫に向かい頷いてみせる。
「あっ、ああっ、旨いよ、井上、美味しかったよ」
声が少し震えてしまったのはぜひとも勘弁して貰いたいところだ。滝のように流れる冷や汗だって彼女に見えない背中でしか流していないのである。これ以上は人間として不可能というものだ。
だがしかしその返答では織姫は不満だったらしい。なので一護にもう一度どころか何度も味の判定を求めてくる。
「ねえ、ホントに美味しかった?」
「ああ」
「ホントにホントに美味しかった?」
「ああ」
「ホントにホントにホントにホント、ホントにホントに美味しかった?」
ここまでくれば不信である。
もしかしたら正直に『不味い』と言えと言われているのかとも思ったが、一度ウソをついたならそれを貫き通すのが男の美学だ。だから一護はいつもならほとんど無条件で自分のいうことを信じてくれる織姫がどうしてここまで疑うのかそれについて揺れながら、その勢いに押されるように呆然としつつ大きく頷く。
「あっ、ああ…」
そしてそのことでようやく納得がいったらしい。彼女は1つもういいやとばかりに微笑んで、それから小さく頷いた。
「そっか…」
「?」
だがその表情はあきらかに暗い。しょんぼりというよりガッカリ落ち込み明らかに織姫らしくない。そのことに一護はワケがわからなくなる。
織姫の期待にそいたくて無理してヤバいそれを食し、無理して表情を繕ったのだ。だとすれば当然返してもらえる表情は最高の笑顔であるべきはずである。なのに実際はこの表情。一護でなくとも不可思議に思っても仕方がないはずだ。
だからその疑問を解明すべく、少し下がり気味のカオを覗き込むような格好で、織姫に向かって問いかける。
「どうした?井上。気分でも悪いのか?」
とりあえずダイレクトには聞かない。もしろ聞けなかったというべきだろう。だがそれでもこと一護に関することには察しのいい織姫は何を聞きたいかわかったハズだ。
そしてそれは正解であり、一旦言葉を区切った上で織姫は一護にこう返した。
「ううん、あのね。『美味しかった』のが残念だっただけ」
「??」
ますますワケがわからない。『美味しくなかった』のが残念ならわかるが『美味しかった』が残念とはどういうことか?
ゆえの当然の疑問に対し、そうでなくてもいかつい顔がますますもっていかつくなり、そんな一護の表情を見て織姫は言葉を付け足した。
「だってね、美味しかったら必要ないでしょ?『口直し』」
「『口直し』?」
「うん」
織姫は頷く。
「だってバレンタインって女の子が大好きな男の子にチョコレートをあげる日でしょ?だったら美味しくて当然で、美味しくないのはダメダメでしょ?だから美味しくなかったらおわびってことでいろいろしてあげられるかな、なんて。。。」
そう言って一護を見上げる織姫は恥ずかしそうに赤く染まり、こぼれんばかりに大きな瞳もこれまでとは違った意味で、微かに熱く潤んでいる。
「おっ、おい、井上」
さすがのその表情に、言葉だけでは察し得なかっただろうが、意図を理解することが出来た一護は織姫と同じように頬を赤く染め、内心のテレを隠すように頭をぼりぼり掻きながら織姫に向かって確認の意味で問いかける。
「じゃっ、じゃあお前、俺に『口直し』したかったから、わざと不味く作ったってこと?」
「はいな」
「『はいな』じゃねえよ」
その所為で死にかけた一護としては困ったもんだの思いを込めて、デコピンを1つ織姫の額に軽く喰らわす。
途端、ペシリと高く響いた小気味いいまでの破裂音。それはかなり痛かったらしく、喰らわされた織姫は目の縁に涙を浮かべて抗議した。
「イタッ!痛いよ、黒崎くん!」
「当然だろ?」
だがそんな織姫に一護は言う。
「仮にも自分の恋人にこんなキテレツなモン食わせるかって」
「じゃっ、じゃっ、じゃあ──」
その言葉に、期待を込めて目を輝かせ、顔をあげた織姫に向かい、一護はハッキリと言い切ってみせる。
「ホントはすっげぇ不味かったぜ。俺じゃなかったら死んでたな」
「もうっ!!」
あまりにひどい批評だが、それこそが欲しかったものだから織姫は表情をはじけさせ、一護の方にピョンと飛びつく。その途端、一護はバランスを崩す。
「わっ!!」
しっかり受け止めはしたが、それでも転倒は防げない。おかげで一護は織姫が飛び乗る形でその場に押し倒されてしまった。
「コラッ!」
「テヘヘヘヘッ」
一応してみせた怒ったフリに織姫はテレたような嬉し笑いを浮かべ、ニコニコとしたままますます飛びつく。
「ゴメンね、黒崎くん。反省してます」
「ホントにかぁ?!」
「ホント、ホント!」
だがそうは言うがまったくそれに現実味はない。まるでネコがじゃれつくように織姫は一護の胸元に頬をすりよせ、気持ちよさそうな顔をしている。
そしてそんな織姫の姿に、一護も思わず顔を緩める。この表情と身体にのしかかってくる適度な重みと弾力、何より彼女の身体からたちのぼる甘やかな幸福感、これ以上のバレンタインプレゼントなど一護にとっては存在しない。
しかもだ、どうやらこれだけではない。織姫はひとしきり一護の感触を楽しんだ後、むくりとその顔をあげ、吐息すらもかかる至近距離でニコリと綺麗に微笑んだ。
「じゃあ黒崎くん、そろそろ『口直し』する?今日はあたし頑張って、いっぱいサービスするからね」
その甘過ぎるささやきに当然一護は異論などない。
そうして今年のバレンタインは逆に一護が食べられてしまったという反則技の、だけれど一護的にはものすごくオイシイ一日となったわけでした。
THE END.
バレンタインばかイチャねた再録です。ラストの織姫のセリフが書きたいがために書いたような話です。。
こんなバレンタインプレゼントだったら私が欲しいよ。。
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