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本日2月の14日、五番隊副隊長である雛森桃はちょっぴり困り果てていた。
でも自分が人間として生きていたときにはなかった行事だが、今では世間一般に本日は『バレンタインデー』という、女の子が意中の男の子にチョコレートを差し出して愛を告白する日だからというわけではあまりない。
ちなみに『あまりない』という微妙な表現はまったく関係ないわけではないからで、だからこそどうしようかとあっちうろうろ、こっちうろうろ、気がつけばもう小1時間、瀞霊廷の中を歩きまわりつづけている。
当然かなり奇妙な彼女。だがしかし他の隊長格にくらべれば全然話し掛けやすく、声かけやすい彼女だが、それでもやはり隊長格の彼女に気安く声を掛けられるものなどあまりいない。
なのでその奇怪な行動をくりかえしている雛森に初めて声を掛けたのは彼女の幼馴染みだった。
「おい、どうしたんだ?雛森。何か心配ごとか?」
「あっ、シロちゃん!」
気がつけばすぐ目の前にいた日番谷に、雛森はほんのちょっぴり驚きつつ、弾けたように反応する。
だがその反応というより呼び方がどうやら気に入らなかったらしく、日番谷はその眉を軽くひそめ、簡潔に彼女に言い下す。
「『日番谷』だ。何回言えばわかるんだ、バカ桃」
「あっ、ひどいっ、シロちゃん!!『バカ桃』はないでしょう、『バカ桃』は!それにシロちゃん知らないの?人に『バカ』っていう人の方がホントは絶対バカなんだよ」
だがその反論に日番谷は軽く鼻で笑った。
「ハンッ、だとしても今ここではお前の方がおかしいよな。仮にもここは十番隊執務室で、しかも俺は仕事中だ。それなのにどうして俺をシロちゃん呼ばわりできるんだ?五番隊副隊長雛森桃」
「え?」
そう言われ、雛森は両目を数度、思いっきりしばたかせ、周りの状況を確認した。確かに日番谷の言う通り、ここは十番隊の隊長執務室だ。日番谷らしい完璧に整理整頓された、彼が一日の大半を過ごす彼にとっての本拠地だ。
だがそのことが雛森にとっては意外だった。なので思わずこんなことを口走ってしまった。
「ねえシロちゃん、なんであたしここにいるの?」
「知るか!」
本気でそう思っているらしい雛森の様子に日番谷は呆れ、ため息をつく。
だが幼馴染み歴かなりいっぱいで、片思い歴もかなりいっぱいな日番谷は雛森を放ってはおけなくて、先ほどと同じ言葉を雛森に対してくりかえす。
「で、結局どうしたんだ、雛森。暗いっちゅうか、困った顔して。誰かにいじめられでもしたか?」
「そんなわけないでしょう?シロちゃん。シロちゃん以外の誰1人、あたしをいじめたりなんてしないわよ」
笑いをさそう言い方にのせられ、雛森は小さく笑みをこぼしながら、自分のしている表情のワケを日番谷に向かって説明する。
「ただちょっと困ってるの。扱いの困るものもらっちゃって」
「『扱いの困るもの』?」
「うん」
雛森は頷き、左袖から小さな包みを取り出してみせる。
「これ乱菊さんから貰ったの。けどあたしは食べられないから」
「どれ?」
その言葉に日番谷は覗き込み、雛森の手の中にあるその物体を確認する。
そして思わずその場で絶叫。
「わっ、何じゃコリャア?!」
「ねっ、困るでしょ?!」
思った通りの反応を返してもらえ、雛森は会心の笑みで大きく頷く。
「『明太子チョコレート』なんてあたし絶対食べられないもの」
ちなみにここまでの流れはこうだ。
最近、ここ十番隊の副隊長松本乱菊は、最近出来た旅禍の友人井上織姫と休みの度にあっていた。胸の大きなところも似ているが、食の嗜好も似ている彼女等はすっかり意気投合し、すっかり生まれもっての姉妹のように仲良しなのだ。
で、先日の休みの折にも乱菊は現世に降り、織姫と休日をすごしたのだそうだ。その際手土産というか、おすそわけとしてこのチョコレートを渡されたらしい。なんでも織姫の恋人である黒崎一護がチョコレート好きで明太子好きな為、本当なら福岡空港でしか売っていないそれがバレンタインシーズンということでとあるデパートのバレンタイン特設会場で限定販売されていたのを購入したとのこと。それで珍しいものだからぜひとも話の種にと貰ったのだそうだ。
で、その際、織姫は乱菊にこう言ったのだそうなのである、『このチョコレートね、あたしは美味しいと思ったけど、他の人は微妙だって言ってたから他の人にわけてあげる時はチャレンジ精神旺盛な人か、すっごい微妙な味のチョコでも美味しいと思わせてくれる人、もしくは自分がいることでそう思ってくれる人に食べて貰うようにしてね』、と。
この言葉を間接的に乱菊から聞き、雛森は本当に困ってしまった。一般的な女の子のぶんに漏れず、雛森も結構甘いもの好きでチョコレートも大好きだ。けれど唯一魚類の卵、つまり明太子やイクラといったつぶつぶ系がダメなのである。どうしても食べられないものではないが、正直食べたくない、その程度にダメな物だ。しかもそのダメな物がチョコレートと合体している奇妙さを思えばまったく食指がすすまない。
しかし人から押し付けられた物とはいえ、それでも貰ったものである以上、律儀で真面目な性格である雛森はそれを捨てることも出来ない。で、しかもその賞味期限が本日いっぱい。なのでどうすればいいかと完全に雛森はすっかり困り果ててしまったのだ。
「────で、ここに来たっていうわけか」
一通りの話をすべて聞き終え、日番谷は大きく溜め息をつく。実に雛森らしい話だと思う。要領が悪いというか、バカ正直というか。
でもその説明の言葉の中に興味深い言葉があった。
「『すっごい微妙な味のチョコでも美味しいと思わせてくれる人、もしくは自分がいることでそう思ってくれる人に』、か。相変わらずあの女、見かけよりも何倍も深い言葉を吐き出すな」
「え────シロちゃん??」
「何でもない」
やけに懐かしそうに、そして嬉しそうに日番谷がつぶやいたそのことに雛森が目を白黒させると、日番谷は小さく否定の言葉を言い切り、それからその手をさっと差し出す。
「貸せ────俺が食ってやる」
その言葉とすかさず手の中にあったチョコレートが消えたそのことに雛森はますます驚きを加速させる。
「えっ!シロちゃん?!?」
自分が知る限りによると日番谷は甘い物があんまり得意でないはずだ。しかもこの明太子チョコレートを見た瞬間にあげた絶叫が示すように、彼は食に関しては無難と普通を好む人間で、到底食べられたものではないはずだ。
なのにそれを食べるという────自分の代わりに食べてくれるというそのことに、雛森は驚きを隠せない。
「ホントにいいの?!シロちゃん。無理して食べてくれなくていいよ!!」
「冗談!」
慌てて言い繕った雛森に向かい、日番谷は肩をすくめてキッパリ言い切る。
「俺以外の他の誰にこのチョコ食わせてたまるかよ。せっかく無意識だろうけど、それでも俺なら食べてくれる────俺なら美味しく食べてくれるってお前が思ってくれたのに、もったいなくて誰がやれるか」
そうして包みを豪快に破り、口の中にぽんと放り込む。
「シロちゃん??」
その言葉────そしてまるで射すくめるように自分を包み込む日番谷の視線に、雛森の胸はギュンと高鳴る。
いったいどうしたというのだろう?────目の前にいるのは日番谷くん、とっても知ってる『シロちゃん』なのに、まるで別人の様に見えたし、自分の胸もドキドキと信じられないような早さで脈うっている。
でもそのワケがわからない。そして何より日番谷が言った言葉の意味がわからない。
なので思わず目を見開き見つめてしまったその先で、日番谷はニヤリと大きく笑った。
「ホント微妙だ、でも旨かった」
そうしてスタスタと歩み去り、数歩進んだその先で雛森に振り向き言葉を発する。
「おい雛森、口直しの茶入れるからお前も飲むか?茶菓子が欲しいなら浮竹から貰ったのが山程あるからそれを食っちまってかまわねぇぞ」
「あっ、うん!ちょっと待って、シロちゃん!!」
一瞬の間を置き、我を取り戻し、雛森は慌てて日番谷に駆け寄る。
「お茶ならシロちゃんあたしが入れるよ!あたしが入れた方が美味しいし、あたしの方がシロちゃんの好み、絶対よく知っているもの」
その言葉に日番谷は一瞬小さく目を見開き、それから小さくくすりと笑い、そして大きく頷いた。
「おう」
そうして見せた柔らかな表情に雛森の胸はまた先程同様に柔らかく優しく高鳴ったが、そのことに今は構わずに雛森は日番谷の横に並んだ。
それだけでとても幸せで、それだけでとてもあたたかかった。
THE END.
こっそり(?)イチオリ入りの日雛です。単行本にして10何冊あるソウルソサエティー編が実は一夏の話だから、現在のグリムジョーさんたちの話も冬までに決着つくかな??って感じで翌年のバレンタインを想定して書いてみました。
この頃には桃ちゃん復活して笑顔を見せて欲しいです。。
ちなみに作中の『明太子チョコレート』は実在します。がしかし、テレビで見ただけなので食べたことはありません。。一回くってみてぇ〜。。
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