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地上のある1室で、見た目は非常に若い男女が2人、向き合い、語りあっていた。2人の間には御簾という隔たりは存在していたが、その実、その距離は実に近く、けれども思いはかすかに遠い。
それもこれもというのは、男の方が女の方に後ろめたい思いを山程抱えずにいられないからだ。
だがそれを望まぬ女は男に、柔らかく、優しくこう言った。
「あやまるな。もちろんお主の判断ではあったが、お主の所為ではないことを私にもよくわかっておる。だからそう気に病むな」
そう言って笑うその姿に、毒らしきものはまったくない。あくまで可憐で清廉で、そして神聖であるそれだけだ。何しろ彼女は水の聖女───両親ともが仙人という、奇跡の確率で生まれてくる、奇跡そのものの存在なのだ。その美しさも優しさも気高さも何もかもが常人のレベルから掛け離れ、至上にして至高に近い。
だがだからこそそう言ってくれるその事実が、そう言われた男にはとてもつらい。何しろ自分がしでかしたことは、とんでもなさすぎることなのだから。
「じゃが、公主、わしの所為でそなたは───」
そう言ってそう示唆し、盗み見るようにうかがうその顔は、尋常なくとても白い。
もともと純潔の仙女たる彼女竜吉公主は人間界より清浄と言われる仙人界の空気でさえ毒となってしまう人なのだ。それがいくら仙人界の技術力を集結し彼女にとって毒となる汚れを侵入させない御簾を完成させ、そこに張らせたとはいえ、人間界に居を構えねばならなくなったそのことは、死刑宣告されたと同じ───しかも長く続く苦しみを与えた末に死ねという、とてつもなくひどく残酷な仕打ちをされたのとまったく同じことなのだ。
だから先日来、金ゴウ島との戦闘で、彼女が唯一安穏に暮らせていた崑崙山を他ならぬ彼、太公望が、唯一の対抗手段としてぶつけ、破壊してしまった為、住処を失い、地上に降りるしかなくなって以来、彼女はその引っ越し等の肉体的、精神的負担もあっただろうが、まったく体調がよくなることがない。いまだとて、背中を起こしてはいるものの、床からあがることが出来ずにいるのだ。
そんな彼女を前にしては、その時はそれしか手段がないとそう思いそれでやったこととはいえ、本当にそれしか手段はなかったのか、自分の判断は正しかったのかと、太公望は思わずにはいられないのだ。
そしてそのことも彼女にはお見通しなのだろう。だから彼女はこう笑い、こう告げて、こう諭した。
「なぁに、そなたは実によくやっておるよ、望よ。あのいたずらッこで、泣き虫だったお主がまさかこれほどのことが出来る男に成長するとは、私は思いもよらなかったぞ」
「公主!!」
その言葉に太公望の顔は2重の意味で赤くなる。見た目の年齢はまったく変わらないといっていい2人だが、実際は竜吉の方が遥かに年上で、彼が過去に崑崙山でやらかした失敗談という名の武勇伝を、彼女は幾つも知っているのだ。その中には彼女自身が関わったり、迷惑を掛けられたものもいくつかある。
だからそのことを言外に指摘され、さらにはそう指摘しておきながら、誉めてくるということをされ、太公望はいたたまれない。
なのでそれから逃げ出す為に、特に触れられたくない過去の方は無視するカタチで言葉を流しつつ、竜吉に対して言い返した。
「そんなふうにおべっか言っても、わしは何も持ってはおらぬぞ」
そう言って袖すら振ってみせた太公望の様子に竜吉は笑う。
「フフフッ」
そう、長い袖で口元を覆いながら笑うその様は、しごく楽しそうでありながら、奇妙に弱く、消えそうだった。
もちろんこの人間界の空気が毒であるとは言ってもすぐに死に至るものではないということを、太公望は他の仙人たちから詳しく聞いている。
だがそうやって笑っている様を見れば今にでも消えてしまいそうな程に儚く見えて仕方ないのだ。
「公主───」
だから思わず声をもらし、言葉をもらしてしまった太公望に、竜吉は笑いをおさめ、きっぱりとこう言い切った。
「大丈夫、私はそう簡単には死なぬよ、太公望」
「じゃが───」
そう言われ、見つめられても、不安になってしまうのだ。
だって崑崙山の者全員にとってもきっとそうに違いないが、自分にとってもこの人は絶対に失うことが出来ない人、失いたくない人なのだ。だから欠片だって彼女を損なう可能性があるものを自分は見逃したくなんかない。けれどその実、彼女の命を徐々に削り、苦しませる原因を作ったのは他ならぬ自分自身なのだ。
その矛盾を前にして、太公望は言葉をつまらせるほかない。彼女が絶対にそういう人だと知りながら、責めて怒って泣きわめいてくれたらと、そう思わずにはいられないのだ。そう思うことこそが逃げだと、深く自覚しながらも。
だがそんな不安さえも包み込むような笑顔で、竜吉はもう一度、同じ言葉をくり返した。
「大丈夫、私はそう簡単には死なぬよ、太公望」
それにな────その言葉にそう付け足し、それからこう言葉を繋ぐ。
「その証拠にこれまで私は他人(ひと)に今死ぬ、すぐ死ぬとそう思われながらもこうやって生き長らえてきておるのじゃ。だからこのことは確かだぞ」
現に私より歳が上の仙人は、崑崙山に元始天尊以外おらぬのじゃ───さらにそう付け足してくつくつと笑い、その笑顔のまま、さらに言い切る。
「だから、お主は心のままに、思うままにやれ、太公望。私も出来る限りは力を貸すし、力になりたいと思うておる。私の為に何かしたいと思うなら、そのことだけは忘れるな。それが私の望みであり、それがそなたに唯一出来る、たった1つの償い方じゃ」
そう言い切るその瞳の強さに瞠目する。
「公主───」
そうだった───この人は本当はこういう人だった。───その瞳の美しさに溺れながら、太公望はその事実を鮮明に思い出した。
その見た目とは裏腹に、その芯の強さは仙界随一、悟りもするが、諦めはしない、どこまでも前向きで、力強い人なのだ。見た目も極上に美しいが、本当に美しいのはその魂───キラキラと力強く輝き続ける、瞳そのままの心なのだ。
だから太公望はその思いに応える為───そしてそうすることこそが彼女の命を最も輝かせ、結果として長生きさせる為の手段になると信じ、それに応えてこう言い切った。
「わかった。いざというときは頼むぞ、公主」
その言葉に竜吉は頷き笑う。
「うむ」
それだけで永遠になりそうなその笑顔に、太公望は目を細め、目を閉じ、そして改めて心に刻み込んだ。途端、心にあった不安や恐れはするりと消えた。春の陽を受けた淡雪がきらきら煌めく光となり、大地を潤していくのと同じように───。
THE END.
夏休み企画再録です。私は竜吉公主の見た目のうつくしさもさることながら漢前のところの大ファンなのです。。
ネット上で封神の男女カプ祭りが開催されていたのが嬉しくて、自分も何かやりたいと思っていたので、こうしてカタチにして作品です。。
やっぱり女の子は強くてカッコよくなければと思いますです、はい。
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